中部弁護士会連合会

中弁連からのお知らせ

適正な弁護士人口に関する決議・提案理由

1 司法審意見書の問題点

    司法制度改革審議会(以下司法審という)が平成13年6月12日に政府に提出した司法制度改革審議会意見書(以下司法審意見書という)は、我が国の法曹人口の大幅な増加を図ることが喫緊の課題であるとし、司法試験合格者を直ちに増加させ、平成22年頃に合格者を3000人とし、概ね平成30年頃までに実働法曹人口を5万人とすることを目指すべきであるとした。

    この意見書は、経済・金融の国際化の進展、環境問題、国際犯罪の増大に対応する必要性、知財事件・医療過誤・労働関係事件など専門的知見を要する事件の増加、弁護士の地域的偏在の解消の必要性などから、今後の法曹需要は量的に増加し質的に多様化高度化すること、および我が国の法曹人口は諸外国と比較して極端に少ないことなどを大幅増加の理由に挙げている。

    これらの理由のうち、経済金融の国際化、環境問題・国際犯罪・知財事件・医療過誤・労働関係事件などに対応する必要性は、主として弁護士の質的な多様化高度化の根拠にはなっても、法曹人口を増加させる根拠とはならない。

    これらの要因が、法曹の需要を増加させるというのであれば、このうちどの要因がどの程度の需要を生じさせるかの検討が必要なはずであるが、司法審においてそのような議論がなされた形跡はない。

    法曹人口大幅増加政策の根拠は、主として諸外国との比較と地域的な偏在の解消にあると思われるが、このうち、弁護士の地域偏在の解消に関しては、これに必要な弁護士数は全体でもたかだか数百人程度の小規模のものでしかなく、また弁護士人口の増加が弁護士過疎地の解消に直結するものでもないことからして、3000人というような大幅増加の根拠とはなり得ない。

    国際比較の点についても、議論の過程ではフランス並みの法曹人口にするということが主張されたようであるが、何故フランス並みが妥当なのかが議論された形跡はなく、また平成30年に弁護士人口5万人に達した後も更に増加を続け、最終的には10数万人に及ぶことの当否についても検討されていない。

    外国と比較して我が国の法曹人口が少ないというためには、各国の裁判官数と裁判制度のあり方、弁護士の需給状況、その国の司法予算、法曹人口のうち実働人口数、司法書士、行政書士、税理士等の隣接業種の存在など各国の法律関係専門職の制度のあり方を含めた諸要素と併せて比較しなければ、適正規模を論じることは出来ない筈である。

    しかしこのような調査や議論は殆どなされないまま、突然フランス並みとか5万人規模などの目標値が持ち出されて、この結論に至ったものである。 このように見るとき、現在の法曹人口の大幅増加策の根拠となった司法審の意見書自体、十分な根拠を持つものではないといわざるを得ない。

2 近年の弁護士増加の状況

    従前司法試験の合格者は年間500人程度で推移してきたが、司法審意見書が出され、これに従って政府が大幅な増加を図った結果、合格者は平成14年に1200人、平成16年に1500人となり、そして平成19年は2200人程度と見込まれる。

    ところが、司法審意見書は法曹三者を増加させる必要があると指摘したにも拘わらず、裁判官、検察官の増加が殆どみられない結果、実際には弁護士のみが大幅に増加する結果となり、本年は新旧司法修習を終える2500人のうち2200ないし2300人が弁護士登録をすることになった。

    この結果、平成5年には1万4809人であった我が国の弁護士人口は、平成19年1月には2万3098人となり、本年末には2万5000人を突破する。

    このような弁護士数の急激な増加により、大都市や地方の主要都市を中心に弁護士の飽和状態が生じており、平成18年度以降、司法修習を修了しても弁護士の就職が困難な状況が生まれてきている。

    この状況に鑑みて、日本弁護士連合会(以下日弁連という)並びに全国の単位弁護士会は、平成18年以降の弁護士希望者の就職に危機感を抱き、全国の弁護士に新人の採用を強く呼びかけるなどして、就職浪人の発生を食い止めるために懸命の努力をしている。

    にもかかわらず、従前のような就職が出来ない弁護士が生じ、無給で事務所を使用させて貰うことを内容とするいわゆる「ノキベン」なる不安定就業を余儀なくされる事態も生じている。

    弁護士に対する需要が全体として増加しているのであれば、一時的にあぶれ現象が生じたとしても、いずれ解消に向かうと期待することが出来る。

    しかしながら、次項で検討する様に、我が国の弁護士需要が殆ど増加していない現状と、今後さらに合格者が増員されることを前提とすれば、日弁連や単位会の努力で仮に1年や2年は就職浪人の発生を食い止めることが出来たとしても、早晩就職できない修習生が大量に発生することは十分予想されるところである。

    このようなあぶれ現象は、法曹に対する国民の需要の実態に比較して過剰な法曹の供給がなされることに起因する。

    その結果は就職浪人を発生させるにとどまらず、現在既に実務に携わっている弁護士の仕事が減少し、事務所の維持が困難になり、ひいては弁護士全体の業務のあり方を変容させることにもなるということに注意する必要がある。

3 弁護士需要は増加しているか

    司法審の意見書は、我が国の法曹に対する需要は飛躍的に増大するとの前提に立っている。

    しかしながら、実際には裁判事件は増加しておらず、減少傾向にある。

    例えば、全裁判所の民事行政事件新受総件数は、平成15年に352万件で最高に達した後、順次減少して平成17年には271万件となっており、全裁判所の刑事新受総件数は、昭和40年に520万件であったものが、その後一貫して減少し、平成17年には70パーセント減の156万件にまで減少している。

    地方裁判所の民事通常事件の新受件数に限ると、平成12年に18万7000件に達した後減少に転じ、平成17年には16パーセント減の15万7000件となっている。

    平成18年に愛知県弁護士会が行った会員アンケート調査によっても、最近仕事が減少していると答えた弁護士は全体の33パーセントで、増加しているとの回答の2.6倍となっている。

    弁護士の大量増員策は、弁護士全体の増員に伴って、企業・官公庁・地方自治体の各組織で働く組織内弁護士が増加するとの想定に立脚している。

    ところが、日弁連弁護士業務総合推進センターのプロジェクトチームが平成18年10月に1446企業、32省庁、655自治体に対して行った弁護士需要に関するアンケート調査の回答によれば、どの業界においても弁護士採用の予定が殆どなく、この先組織内弁護士の増加を見込むことが出来ないことが明らかになった。

    このアンケートの報告書は、「現段階においては、企業・官公庁・地方自治体における弁護士の需要は極めて少ない(特に自治体においては皆無に近い)。このことは、現状を放置する限り、企業・官公庁・地方自治体における弁護士の大幅な採用増を期待することはできないということを意味する。」と結論づけている。

    このように、司法統計からも、多くの弁護士の実感からも、また日弁連の大がかりなアンケート調査からも、弁護士に対する需要が増加傾向にあるとか、この先弁護士業務の需給関係が改善されるということは期待できない。

    遠い将来のことはいざ知らず、当面需要の増加が見込めないにもかかわらず、弁護士人口のみを大幅に増加させるとすれば、仕事にあぶれる弁護士が続出することが当然予測されることになる。

4 弁護士大増員の弊害

    一般の営業と異なり、司法の一翼を担う弁護士は公共的な業務と位置づけられており、一方で弁護士会への強制加入、弁護士会の懲戒に服する地位をはじめ、様々な業務上の制約を受ける反面、完全なる自治権を付与されている弁護士会に会員の指導監督に関する行政権限が付与され、法律事務の原則的独占を認められるなど、国法上格別の地位が定められている。

    これは、弁護士法の定める国民の基本的人権擁護の使命を実現するためのものであり、国家権力をはじめ各種の社会的な権力から独立して業務を行うための制度的保障である。

    従来、我が国の弁護士は公害問題、国選事件、えん罪事件、少年事件、障害者問題、オンブズマン事件などの社会性をもった各種事件について採算を度外視して積極的に取り組み解決してきたほか、通常事件においても事情によっては採算を度外視しても、受任し解決してきた。

    このような活動は、憲法の定める人権保障の理念を国民の実生活において実現し、国の政策のゆがみを正し、社会的な不正義を正す上で大きな成果を上げてきたのであって、このような公共的な役割は、正しく理解され評価されなければならない。

    しかし現在の弁護士大量増員政策は、弁護士の使命とその公共性を軽視し、大量に生み出された弁護士を自由競争させることによって、国民にとって望ましい弁護士制度が実現するとの考え方に基づいている。

    このような政策は、我が国の弁護士が担ってきた公共的な役割を減少させ、ひいては国民の権利擁護に反する結果を招くものといわなければならない。

    すなわち、大量に輩出される同業者間の激しい生存競争に晒されたとき、この競争に勝ち抜くためには、業務の拡張と採算性の確保が第一の眼目となり、これに沿わない業務は切り捨てなければならず、弁護士業務が利益目的の単なる営業に変質させられてしまう。

    自らの業務の存続が危うくなれば、職業的な使命のために犠牲的な業務を行うことは困難となり、そのような状況においては、如何に大量の仕事を獲得するか、如何に効率的に報酬を確保するか、不採算部門を如何に切り捨てるかなどが重要となり、膨大な時間と労力と費用の持ち出し無くしては受任し得ない公害事件、えん罪事件、経済的弱者の事件などを引き受ける弁護士がいなくなってしまう。

    そればかりか、利益第一主義に走る結果として倫理が低下し、勝ち目のない事件でも訴訟提起をするとか、法外な報酬を請求するとかにより、国民の権利の侵害者となることさえも危惧される。

    また、従来人権保障や法律制度の改善に日弁連や各地の弁護士会が果たしてきた役割は非常に大きなものであるが、過当競争の中においては、無償の弁護士会活動を担うものはいなくなり、会活動が沈滞することが予想され、そのことによる悪影響も危惧されるところである。

    過当競争の弁護士業界においては、弁護士法第1条の使命は忘れ去られ、業務の自主性・独立性が失われ、国民の権利が国家権力やその他の社会的権力から侵害されたとき、利益を度外視してこれに決然と立ち向かう弁護士を探すことは困難になる。

    司法修習を修了しても、弁護士として就職できないということになれば、弁護士の職業的な魅力は色あせてしまい、優秀な人材は法曹を目指さなくなってしまう。

    既に現段階においても、大量増員の結果、司法修習生や若手の法曹の質が低下し、司法研修所の修了試験に合格できないものが大量に出るとか、新任の裁判官や若手の弁護士が、基礎的な能力に欠けるとして、問題視されるようになってきている。

    平成18年12月1日に自由民主党政務調査会司法制度調査会がまとめた「新たな法曹養成制度の実現のために」と題する報告書は、平成18年の司法研修所修了試験で大量の不合格者・合格留保者を出したのは、合格者の質の確保をおろそかにして数の大幅増加を図った結果であるとの認識に基づき、年間3000人の計画を前倒しすると共にこれを大幅に超えて合格者を増加させるとの方針に疑問を呈し、法曹の質を確保するという観点から、法科大学院における教育の充実や社会のニーズを踏まえながら、継続的にそのあり方を検討していく必要があると提言している。

    更には、平成19年8月に就任した鳩山法務大臣も年間3000人合格の見直しを唱えている。

5 結語

このように、弁護士の大量増員政策は、現在において既に様々なひずみを露呈している。

日弁連は修習修了者の就職確保に邁進しているが、仮に本年の就職を確保することができたとしても、飽和状態となった弁護士界はやがて新入者を収容しきれないこととなり、就職問題は早晩破綻に至らざるを得ないものと思われる。

今後年間合格者3000人ともなればさらに増員のペースが高まり、我が国の弁護士制度が危機的な状況に陥いる公算が大きいと見るべきである。 これを回避することは、我々現在の弁護士の責務であるといわなければならない。

このような状況にあって、日弁連は、3000人増員の前倒しとさらなる増員を断固阻止することは勿論、現在の3000人増員政策自体を見直し、我が国の現状にふさわしい法曹人口政策をとることを、政府や国民に訴えていくべきである。



以上のとおり、決議する。


附帯決議

戻る




Copyright 2007 CHUBU Federation of Bar Associations