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生物多様性保全に関する愛知目標を達成するために、
実効性のある環境法制の整備を求める決議
提案理由

 2010年10月名古屋市において生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催され、ABS(Access and Benefit Sharing:遺伝資源へのアクセス及びその利用による利益の配分)に関する名古屋議定書、生物多様性保全に関する愛知目標が採択された。愛知目標では、2050年までに「自然と共生する世界」を実現するというビジョン(中長期目標)を持って、2020年までにミッション(短期目標)として、「生物多様性の損失を止めるため効果的かつ緊急な行動を実施する」こととし、「戦略目標A」として、「各政府と各社会において生物多様性を主流化することにより、生物多様性の損失の根本原因に対処する」ことを掲げ、「遅くとも2020年までに、生物多様性の価値が、国と地方の開発・貧困解消のための戦略及び計画プロセスに統合され」ること(目標2)、「自然生息地の損失の速度が半減、又は可能な場合には零に近づき、また、それらの生息地の劣化と分断が顕著に減少する」こと(目標5)、2015年までに「サンゴ礁その他の脆弱な生態系について、その生態系を悪化させる複合的な人為的圧力を最小化し、その健全性と機能を維持する」こと(目標10)、「2020年までに、少なくとも陸域及び内陸水域の17%、また、沿岸域及び海域の10%、特に生物多様性と生態系サービスに特別に重要な地域が効果的、衡平に管理され」、保護地域などとして保全されること(目標11)などの20の個別目標が設定された。
 今後わが国は、愛知目標に基づいて生物多様性の保全を実現していく一層の具体的な取り組みが求められている。



 COP10の開催国であり、COP11(2012年10月インドにて開催予定)までの議長国となったわが国は、COP10において「SATOYAMAイニシアティブ」を提唱し、「里地里山に見られる自然資源の持続的な利用は、生物多様性の保全と両立する自然共生社会のモデルとなりうる」としてこの概念を世界に発信するとした。

しかし、現実のわが国においては、生物多様性の基礎を破壊する無秩序な開発が後を絶たず、これを防止する効果的な法制度の確立にはほど遠いのが現状である。

2010年3月に閣議決定された「生物多様性国家戦略2010」(以下「国家戦略2010」という。)は、中長期目標(2050年)「生物多様性の状態を現状以上に豊かなものとする 」、短期目標(2020年)「生物多様性の損失を止めるために、2020年までに、生物多様性の状況の分析・把握、保全活動の拡大、維持・回復、生物多様性を減少させない方法の構築、持続可能な利用、生物多様性の社会における主流化、新たな活動の実践」を掲げ、「COP10を契機として、生物多様性の保全と持続可能な利用を、様々な社会経済活動に組み込み、多様な主体が行動する社会の実現に向けた国内施策を充実・強化します」などとしている。

しかし国家戦略2010においても、なぜわが国においてこれまで無秩序な乱開発をくい止められなかったのかという点についての真摯な分析がなされていない。この分析なくして「生物多様性の損失の根本原因に対処する」ことはできない。また、国家戦略2010では抽象的な戦略が記載されているに過ぎず、「生物多様性の損失を止める」具体的な道筋は明確になっていない。

生物多様性国家戦略を愛知目標を達成する真に実効性あるものとするためには、これまでのわが国の「生物多様性の損失の根本原因」に関する掘り下げた分析と「根本原因」を根絶するための具体的な道筋を明らかにすることが必要である。



 わが国の「生物多様性の損失の根本原因」が、人間活動や開発にあることは明らかである。そして、その背景にはこれを許す制度的欠陥があった。

わが国における、自然保護関係法制度はこの十数年徐々に整備されてきているが、その実効性は極めて限られたものである。例えば、

ア 種の保存法の保護対象種の指定は少数にとどまっており、その指定は国の裁量事項であり、その指定を市民から訴求することは認められていない。ましてや保護対象種の生息地保護区指定は極めて少数である。

鳥獣保護法上の鳥獣保護区やラムサール条約登録湿地は生物多様性を保全する上で重要な役割を担っているが、その指定も量的にも質的にも不十分なままであり、しかも、いわゆる生物多様性ホットスポットすなわち生物多様性が高いにもかかわらず、開発計画のあるところについては保護区指定がなされない。

自然公園の地域指定では、届出のみで開発が許容される普通地域が多くの面積を占めており、その保護区としての効果は限定的である。

その他の生物多様性保全に資する自然保護関係法令も各々限界を有している。


イ 2010年に改正された環境影響評価法はいわゆる戦略アセスメント、すなわち、政策決定、上位計画決定や事業の意志決定段階、適地選定段階で実施される環境アセスメントの導入の方向が示されるなどの改善がなされたが、依然、対象事業が大規模事業に限定されている上、事業の実施直前の段階で調査、予測、評価を行う事業アセスメントであるために、事業の実施が前提となった「アワセメント」と揶揄されるありさまであり、「環境影響評価の結果をその事業に係る環境の保全のための措置その他のその事業の内容に関する決定に反映させるための措置をとること等により、その事業に係る環境の保全について適正な配慮がなされることを確保」するという法(1条)の趣旨、目的からかけ離れた現状がある。


ウ これに加えて、自然環境訴訟制度も大きな欠陥を抱えている。

2005年に改正された行政訴訟法は、原告適格をより柔軟に解釈する可能性を拡げたが、自然保護など環境的利益によって原告適格が認められることが困難である状況には変わりない。

また、行政の裁量を広く認める司法判断によって、生物多様性に損失を与える開発行為が安易に容認されている。



 このように、現行制度は、生物多様性に対する回復しがたい損害を止めるためには、あまりにも不十分である。このようなもとで、COP10で採択された愛知目標を達成し、持続可能な社会への転換を実現するために、実効性ある環境法整備が必要である。

  • (1)国及び地方公共団体は、生物多様性条約COP10愛知目標をふまえ、国土及び地域における生物多様性に関する現状を科学的に分析し、生物多様性国家戦略、及び、同地域戦略に、2020年までに達成すべき具体的数値目標を設定するとともに、同戦略を、その数値目標が達成出来るより具体的実践的なものへと早急に改定する必要がある。また、多くの地方自治体では生物多様性地域戦略を策定しておらず、愛知目標を達成するための地域戦略を少なくともすべての都道府県およびすべての政令指定都市が早急に策定する必要がある。
  • (2)国及び地方公共団体は、生物多様性(生態系)保全の観点から、自然保護法(条例)制度を、生物多様性保全の実効性を有するよう改正することが必要である。 また、実効ある保全措置がとられた自然保護区域を抜本的に拡大する必要がある。
  • (3)環境影響評価手続が現行制度上計画段階ではなく、事業段階で実施されるとされていることなどから、代替案の検討がなされず、事業の実施を前提とした環境アセスメントが行われているという実態を改めるため、戦略アセスメントを早急に導入する環境影響評価制度の改正に取り組む必要がある。
  • (4)行政事件訴訟に団体訴権制度を導入することによって、環境保護訴訟の原告適格の拡大をすすめ、環境保護訴訟を提起しやすくすることが必要である。
  • (5)一度失われた生態系や生物種の回復がほとんど不可能であることから、自然収奪的な開発行為に対する司法による統制の実効性を高めるために、行政裁量に対する司法による統制を消極的にさせる根拠ともなっている「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。」と規定する行政事件訴訟法30条については、これを削除し、又はその適用範囲を限定するなどの法改正を行うことが必要である。



以 上




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