1 2003年宣言
2003(平成15)年10月3日、私たち中部弁護士会連合会は「子どもが学ぶ法の精神」に関する宣言を採択しました。この宣言の中で、私たちは、自由・平等・平和・正義・公正・責任など、「人が人を大切にする心」、「自分をも他人をも尊重する心」を「法の精神」と位置づけ、これを自分たちの生活の中で活かしていく技能と態度を子どもたちに主体的に身につけてもらうべく、教育委員会、教育研究者、教員、日本弁護士連合会の設置した専門委員会、全国の各単位弁護士会、消費生活センター、裁判所、民間団体などと連携しつつ、
- @ 新しい法教育の実践
- A 実践例の収集と紹介
- B 学校教育におけるカリキュラムの研究・教材の開発
- C 学習の手段効果の検証
などの諸活動を通して、子どもたちが「法の精神」を自ら学ぶことを支援し、「新しい法教育」への挑戦を続けていくことを宣言しました。
2 宣言後の挑戦
上記宣言を受けて、当連合会の各弁護士会は挑戦を続け、その取り組みは大きな進化と広がりを見せています。
2003(平成15)年当時における取り組みが現在も継続されていることはもとより、愛知県弁護士会では、2007(平成19)年、名古屋市教育委員会が公的に認めた研究会である「名古屋法教育研究会」を設立し、中学校社会科教員と弁護士との協働による新しい授業の開発・実践を行っており、そのテーマは、公民科分野に限らず、地理・歴史の授業でも実践可能な授業開発に及んでいます。また、2009(平成21)年には、裁判員、検察官、弁護人の目を通した事件の経過と争点を紹介するDVDを作成し、これを愛知県内の全中学校・高等学校に無償配布し、判決を子どもたちに考えてもらう「模擬裁判体験」の取り組みも始まりました。
福井弁護士会は、2003(平成15)年シンポジウムの翌年には会員有志を中心とした法教育研究会を設立し、教員・教育研究者・弁護士が一緒に法教育の授業作りや教材開発を行っています。また、2008(平成20)年度から、日本弁護士会連合会が主催する「全国高校生模擬裁判選手権」の県予選を継続実施し、法教育の理念を損なわない模擬裁判のありかたを試行錯誤しています。
岐阜県弁護士会では、2009(平成21)年、朝日大学法学部との間で学術交流協定を締結し、同大学が主催する法教育の学習教材コンクールを後援するなど、全国的に例を見ないユニークな取り組みを始めました。
三重弁護士会でも、2010(平成22)年に法教育委員会が設立され、刑事模擬裁判等の出前授業への取り組みが開始されました。
金沢弁護士会及び富山県弁護士会でも、裁判員裁判を意識した出前授業等が実践されています。
2003(平成15)年当時には愛知県弁護士会と福井弁護士会だけが開催していたサマースクール(ジュニア・ロースクール)は、岐阜県でも開催されるようになり、今後、他会へも広がっていくことが期待されています。
これらの取り組みは、子どもたちが「法の精神」を効果的に学習するために必要不可欠な弁護士会と教育関係者(教員、教育研究者)との連携・協働が、継続的に深まってきたことを示すものに他なりません。その点において、2003年宣言は、今日まで確実に実行されてきたものと自負しています。
3 新たな展開
しかし、これらの取り組みにもかかわらず、現状は、「法の精神」を学ぶための教育実践が、広く学校現場に普及したとまで評価できる状況ではありません。その大きな理由のひとつは、現行の学習指導要領において、「正解のない問題を、自分たちの頭で考える」といった授業を実践するための単元が設けられておらず、どの単元に「法の精神」を学ぶ授業計画を組み込むことができるのかが、判然としないことにありました。
ところが、小学校においては2011(平成23)年度から、中学校においては2012(平成24)年度から、高等学校においては2013(平成25)年度から全面実施される予定の新しい学習指導要領では、「法の精神」を学ぶ教育実践を可能とする内容が各所に盛り込まれています。
例えば、高等学校(現代社会)では、「幸福・公正・正義」について理解させたうえで、現代社会の諸問題を、これらの視点で考えさせることが求められています。高等学校(政治・経済)でも、「法の支配と法や規範の意義及び役割、司法制度の在り方について日本国憲法と関連させながら理解を深めさせるとともに、生命の尊重、自由・権利と責任・義務、人間の尊厳と平等などについて考察させ、他者と共に生きる倫理について自覚を深めさせる」こととされました。また、中学校社会科(公民的分野)では、「社会生活における物事の決定の仕方、きまりの意義について考えさせ、現代社会をとらえる見方や考え方の基礎として、対立と合意、効率と公正などについて理解させる」ものとされています。小学校社会科(第3学年及び第4学年)では、「地域の社会生活を営む上で大切な法やきまりについて扱う」ものとされていますが、中学校社会科の学習指導要領を参照するならば、法や「きまり」に関する知識を学ぶという意味ではなく、身近な地域社会における「物事の決定の仕方、きまりの意義」を扱うという意味で捉えるべきものと考えられます。
すなわち、小学校から高等学校までを通じて、「おとなが決めた正解、守るべき約束事」として「きまり」や法を捉えたり、それらを知識として学んだりするのではなく、地域や社会における課題や紛争を考えることを通じて、さまざまな立場の人たちに多様な利害があることを理解し、それらを調整するための道具として「きまり」や法を捉えること、さらには、自分たちで多様な利害の調整の仕方を考える力を養うことが狙いとされているのであり、これは、まさに「法の精神」の学習を可能とするものと評価できます。このような狙いに沿った教育実践が、学校現場において広く行われるならば、子どもたちは、2003年に私たちが宣言した「人が人を大切にする心」、「自分をも他人をも尊重する心」を理解し、主体的に「法の精神」を体得できるものと考えられるのです。
21世紀も10年を経過しようとしています。科学技術の進歩により運輸・通信面を初めとした全世界へのアクセスは益々容易になっています。社会のグローバル化が進み、多種多様な価値観が混在する時代となってきました。このような時代においては、個人の自己決定の自由が認められやすくなった一方、その結果に対する自己責任も強調されるようになっています。子どもたちが、より住みよい社会の担い手として社会に参加していくうえで、価値観の異なる他者と共存・共生していくための手段である「法の精神」を正しく体得する重要性は、さらに増しています。
とはいえ、現場の教育実践を担う教員にとっては、新しい学習指導要領が狙いとする「正解のない」授業、多種多様な利害の調整を自分たちで考えさせる授業は、決して馴染みやすいものではないと考えられます。そのような授業を全ての学校で実践することが求められようとしている現在、私たち法律家による教育現場への支援は、従前にも増して必要とされることでしょう。
4 私たちは宣言します。
私たち中部弁護士会連合会は、2003年宣言以降、各地で展開してきた「法の精神」を学ぶ教育実践を更に充実発展させ、「法の精神」を自分たちの生活の中で活かしていく技能と態度を子どもたちに主体的に身につけてもらうべく、教育関係者や研究者との連携・協働をより一層深め、新しい学習指導要領の趣旨に沿った教育実践に資する授業作りやカリキュラムの研究を進めます。また、出前授業やゲスト・ティーチャーの派遣を通じた授業支援を継続・発展させるとともに、各弁護士会相互間での経験交流を通じて、教材や支援ノウハウの共有を推進します。
そして、子どもたちが、それぞれの「幸福」を追求するにあたり、他者の幸福も視野に入れて、話し合い、協調し、より充実した人生を送ることができるために、「法の精神」を自ら学ぶことを今後とも支援し、「新しい法教育」への挑戦を継続することを宣言します。
以 上