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すべての人の健康で文化的な最低限度の生活が
保障される社会を協同して築くことを誓う決議・提案理由

1 非正規雇用労働者の大量失業と深刻さを増す貧困

我が国では、従来から仕事・住居がない野宿者を含むホームレス状態の人たちが見られ、厳然と格差、貧困は存在していたが、特に昨今、「ワーキングプア」と呼ばれる人たちが急増し、格差と貧困が可視化するとともに急速に拡大している。

そんな中、2008年9月にアメリカの金融危機に端を発した経営不安の中で、非正規雇用労働者の「派遣切り」「期間工切り」などを含む解雇、雇い止めが全国各地で行われている。

厚生労働省は、派遣労働者・期間労働者・請負労働者・パート労働者など非正規雇用労働者の失職が同年10月から本年(2009年)9月にかけて22万9170人に達すると発表した(「非正規労働者の雇止め等の状況について・7月報告(速報)」(2009年7月31日発表))。製造業が盛んな愛知県が全国の都道府県で最多の3万8733人、同じく三重県が愛知県、長野県、静岡県に次ぐ多さで8667人、岐阜県が7294人に達するといわれている。また、富山では非正規雇用労働者の失職者は4454人で、石川、福井では、それぞれ2863人、2617人であるが、富山では、有効求職者数は前年同月比で31か月連続で増加する一方、有効求人数は25か月連続で減少しており、石川でも、有効求職者数は前年同月比で15か月連続で増加する一方、有効求人数は23か月連続で減少しており、福井でも、有効求職者数は前年同月比で10か月連続で増加する一方、有効求人数は30か月連続して減少しており、いずれも雇用情勢は厳しい状況にある。

非正規雇用労働者の失職者のうち60.8%が派遣労働者である。同省の調査によれば、離職者10万895人のうち雇用保険を受給できない人が約28%、再就職できていない人が約65%にのぼり、雇用保険の給付日数が終われば、たちまち生活に窮してしまうことになる。また、雇い止め等の状況にある非正規雇用労働者20万6838人のうち状況が判明した12万5386人の中だけでも、住居を喪失した人が3374人いるとされている。

このような状況下で、一方では、岐阜県関市、三重県桑名市、愛知県名古屋市天白区で、市民が餓死・孤独死する事件が起きており、生活保護行政の問題も露呈してきている。

2 失職が生存の危機に直結し、深刻な社会問題となっていること

失職した非正規雇用労働者のうち、企業が提供した住居にいた人たちは、失職と同時に住居や住所を失う状況となっている。住居は雨露をしのげる生活の場として生存に不可欠なものであるが、それにとどまらず、住所があることが市民としての権利の行使やサービス利用の根拠となっているため、住居や住所を失えば、さまざまな権利行使やサービス利用の機会を失うことになる。

また、雇用保険の加入要件により、多くの非正規雇用労働者が雇用保険から排除されている。厚生労働省によれば、非正規雇用労働者1732万人(2007年)のうち、雇用保険に入っていない人は1006万人で未加入率は58%に達すると推計されている。さらに、受給資格があっても、派遣元企業が会社都合退職の離職証明書を発行しようとしない場合や、非正規雇用労働者が失職により住居を失って離職証明書を送付できなくなっている場合など、実際の受給に結びつかない場合も多い。その結果、受給者は全失職者中のわずか5人に1人にすぎないという状況にある(2007年版厚生労働白書、総務省労働力調査から推計)。

このように、非正規雇用労働者の大量失職は、多くの人の生存の危機に直結する深刻な社会問題となっている。

3 主たる要因

今回の非正規雇用労働者の大量失職と、失職が生存の危機にまで直結する事態を生み出した主たる要因は、第1に、経済のグローバル化の進展の中で国際競争に打ち勝つためとして、労働分野においては、国が労働者派遣法の制定(1985年)、派遣対象業務の原則自由化(1999年改正)、製造業派遣の解禁(2003年改正)などの規制緩和を進め、企業がコスト削減を目指し、大規模なリストラを断行して正規雇用を減らし、雇用の調整弁としての非正規雇用への置換えを急激に進めていったことにある。

第2に、日本の社会保障制度は勤労世帯を支える制度として元々脆弱であったところ、規制緩和を主軸とする構造改革政策が、日本型雇用を解体し非正規雇用を増大させ、社会保障への需要を大きく増加させながら、他方で、雇用保険の給付削減、児童扶養手当の縮減等の社会保障費の抑制を進め、社会保障制度の機能不全を引き起こしたことである。

その結果、雇用の調整弁としての非正規雇用労働者は、景気変動の影響を受け、不況下では雇用を一斉に打ち切られ、失職によって収入がなくなっても、雇用保険などのセーフティネットが機能しないために、所持金を失い、住居までも喪失するという生存の危機に陥っている。

4 人間らしい労働と生活を保障するセーフティネットの構築と憲法第25条

このように、構造改革によって、雇用も社会保障も劣化し、人々の生存が危機に瀕している今こそ、あらためて、個人の尊厳原理に立脚した生存権保障制度の意義と重要性が再確認されなければならない。

憲法第13条は、個人の尊厳原理に立脚し、幸福追求権について最大の尊重を求め、憲法第25条は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障している。そして、憲法第27条の勤労の権利および第28条の労働基本権は、生存権の保障を基本理念として、勤労者に対して人間に値する生存を保障すべきものとする見地に立ち、勤労の権利および勤労条件を保障し、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として労働基本権を保障していること等に照らせば、憲法はすべての人の人間らしく働き、かつ生活する権利を保障しているというべきである。

自由競争が過度に強調され、貧困と格差が拡大し、生存権保障が空洞化している今日であるからこそ、あらためて憲法第25条の福祉国家理念に立ち返り、人間らしい労働と生活を保障するセーフティネットを構築することが求められている。

5 弁護士および弁護士会の職責と今後の取組

弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現をその使命とする。「100年に1度の経済危機」「時代の転換点」と言われ、多くの生活困窮者が路頭に迷い、基本的人権そのものを根こそぎ奪われている今こそ、私たち弁護士がその使命を果たすことが切実に求められている。

他方、弁護士のみで現在の大きく変動する社会を変えることは不可能であり、私たち弁護士は、国・地方自治体に対して、前記の弁護士の使命を果たすべく、求めるべきことは求め、連携すべきことは連携し、また、諸機関、諸団体、他職種、市民とは協同して取り組み、真の意味で基本的人権が尊重され、社会正義が実現される社会を築かなければならないものと考える。

そこで、当連合会は、次のとおり取り組むことを通して、すべての人の健康で文化的な最低限度の生活が保障される社会を協同して築くことを誓う。



(1)国、地方自治体と連携し、また、諸機関、諸団体、他職種、市民と協同して、市民がアクセスしやすいワンストップの相談(労働問題・雇用保険・就職支援・生活保護・住居・多重債務・公的貸付・健康・医療など)が行える体制を整え、強化すること。


ア.生活に困窮したときに使える制度を知らないがゆえに、更なる困窮に陥り、住居を失ったり、消費者金融からの借入を増加させたり、自殺に追い込まれたりするという事態を防止しなければならない。


(ア)そのためには、第1に、現に人間らしい労働を損なわれ、生活が立ちゆかなくなっている人たちの権利保障のための相談窓口体制の整備が急務である。その際、生活困窮に至る原因となる低賃金・不安定雇用の問題と、現時点ですでに困窮している生活問題に同時に対応することが求められることからすると、労働と生活全般の問題に対応できる総合的な相談体制が整備されることが望ましい。

(イ)第2に、生活に困窮した市民が相談窓口にアクセスしやすい体制を構築しなければならない。日本司法支援センターとの連携により野外相談を実施するなど、市民からのアクセスポイントを増やすこと、また、生活に困窮した市民が多く訪れるハローワークや、納税、国民健康保険、年金、生活福祉に関する部署を擁する自治体との相互連携を進める必要がある。


イ.現在、愛知県、三重県、岐阜県、福井県、石川県、富山県では、求職者総合支援センターが開設され、生活・就労相談、職業相談・職業紹介を行っているが、情報提供に留まっているところがあり、ワンストップの相談が行える体制を整え、強化する必要性は高い。


(2)生活に困窮した人たちがあまねく法的支援を受けることができるようにするため、国、日本司法支援センターに対して民事法律扶助制度の抜本的改善を求めるとともに、民事法律扶助制度、生活保護申請代理等に関する法律援助事業、民事法律扶助制度の償還猶予・免除制度を幅広く活用すること。


ア.民事法律扶助制度の抜本的改善

生活に困窮した人たちの多くは、多重債務、賃金未払い、解雇、離婚、DV等の法律問題を抱えている。しかし、貧困であるがゆえに弁護士などの専門家にアクセスすることができず、「泣き寝入り」している例が少なくない。この国に真の法的正義を行き渡らせるためには、こうした人たちがあまねく必要な法的支援を受けることができるようにすべきであり、そのためには徹底して利用しやすい法律扶助制度を確立することが決定的に重要である。

しかし、民事法律扶助事業は、生活困窮者のための制度でありながら、生活保護利用者を含めて、全額の償還を建前としている。特に、生活保護利用者は、生活保護制度の利用により、ようやく「最低限度の生活」が可能となっているのであるから、このような人に費用の償還を求めることは、償還額に相当する分だけ「最低限度の生活」以下の生活水準を強いることとなる。このような制度は、民事法律扶助事業の理念・趣旨に反して生活困窮者による制度利用を困難にするとともに、実際に制度を利用した生活困窮者に対し、不当・過酷な負担を強いることとなる。

よって、費用の立替えと償還を前提とする制度から、費用の交付と資力に応じた負担金を前提とする制度へと抜本的に改善されることが望ましい。


イ.民事法律扶助制度、法律援助事業、民事法律扶助制度の償還猶予・免除制度の活用

(ア)民事法律扶助制度の償還猶予・免除制度を幅広く活用すること

もっとも、現行の償還制度によっても、償還猶予(日本司法支援センター業務方法書第32条)・償還免除(同業務方法書第65条)の規定が存し、「生活保護法の適用を受けているとき」又は「(それ)に準ずる程度に生計が困難であるとき」には償還猶予・免除の決定をすることができることを規定する。したがって、かかる規定の活用を徹底すれば、生活保護利用者等の生計困難者について不当・過酷な負担を強いることは避けられるものである。しかし、この償還猶予・免除の制度は、十分に活用されてこなかった面がある。また、特に、多重債務事件については、きわめて例外的ケースを除き、償還猶予・免除の対象とされていない。

よって、生活保護利用者等の生計困難者に関する償還猶予・免除制度の徹底活用を図るため、次のように運用を改善することが急務であり、こうした運用の改善を積み重ねることによって、アで述べた費用の交付と資力に応じた負担金制度への転換を実現していかなければならない。

  1. 弁護士・司法書士はもちろん、制度利用者を含む市民全般に対して同制度の存在を広報・周知すること
  2. 多重債務事件を含むすべての事件について平等に同制度を適用すること
  3. 生活保護利用者に対する立替金は全額償還猶予・免除にすべきは当然のこと、それに準じる程度の生計困難者についても、その資力の程度に応じて立替金の一部の償還猶予・免除を柔軟かつ積極的に認めること(同業務方法書第65条は、「立替金の全部又は一部の償還の免除を決定することができる」としている)

(イ)法律援助事業を幅広く活用すること

生活に行き詰まったとき、「最後のセーフティネット」として人々の生活を支えるのが生活保護制度である。しかし、2006年以来、全国一斉電話相談の結果、福祉事務所の窓口では、「65歳未満の人は生活保護は受けられない」「家がないと生活保護は受けられない」などの誤った説明により違法に相談者を追い返す、俗に「水際作戦」と呼ばれる窓口規制が行われている実態が確認されている。

このような事態に対し、日本弁護士連合会は、自らの経済的負担で生活保護申請代理等に関する法律援助事業を「高齢者・障害者・ホームレス等に対する援助事業」の名称で、日弁連委託援助業務として、その実施を委託している。目下の厳しい経済状況の中、生活保護申請代理等に関する法律援助事業は、2008年度で763件と、刑事被疑者弁護援助、少年保護事件付添援助に次ぐ利用実績となっている。しかし、この法律援助事業は、生活困窮者に対してまだまだ十分に活用されているといえない。

よって、弁護士はもちろん、生活困窮者を含む市民全般に対して同事業の存在を広報・周知することにより、生活保護申請代理等に関する法律援助事業の幅広い活用を図ることが必要である。


(3)基本的人権の擁護を使命とする在野法曹の立場から、国、地方自治体に対して、次に掲げる事項を始めとした積極的かつ責任ある提言、要請を行い、各単位会との連携体制を一層強化し、提言、要請を実現するために、当連合会を挙げて取り組むこと。

ア.国に対して、労働基準監督署や労働局などの行政機関が違法行為を摘発し監督する体制を強化し、非正規雇用の増大に歯止めをかけワーキングプアを解消するため労働法制と労働政策を抜本的に見直すよう求めること。特に、直接雇用の原則および「労働者派遣は臨時的・一時的なもの」との原則に立ち返り、派遣労働者の保護に資するように労働者派遣法制の抜本的改正を行うよう求めること。

イ.国および都道府県に対して、すべての労働者が健康で文化的な生活を営むことができるよう最低賃金を引き上げるよう求めること。

ウ.国および地方自治体に対して、社会保障費の抑制方針を改め、また、生活困窮者が社会保険や生活保護の利用から排除されないように、社会保障制度の抜本的改善を図り、セーフティネットを強化するよう求めること。


日本では、社会支出が低く、税と社会保障が貧困率を削減する機能が弱いことから、勤労年齢人口における相対的貧困率はOECD諸国と比較しても高い。このような現状を打開するため、働けば人間らしい生活ができるような賃金・税制を実現する政策や、保育、住宅、教育などの分野への社会支出を通じて再分配機能を高め、過度に賃金依存度が高く、貧困の連鎖が生み出されている構造を変化させることなども視野に入れた、相互に関連させた政策を検討して提言を行い、関係機関に対して要請していくことが必要となる。

当連合会は、各単位会との連携体制を一層強化し、提言、要請を実現するために、当連合会を挙げて取り組む。


以 上




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