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真の取調べの可視化(取調べ全過程の録画・録音)の実現を求める決議・提案理由

1 今、取調べの可視化(取調べ全過程の録画・録音)は急務である

現在の刑事裁判は、捜査機関による取調べの際に作成される自白調書等の供述調書に未だ強く依存している。捜査機関が、取調べを行う密室内で暴行、脅迫、著しい誘導などの違法手段を用い、それによって虚偽の自白調書等を作成し、それら自白調書等が有力な証拠とされ訴追される冤罪事件が後を絶たない。2007(平成19)年にも、鹿児島選挙違反事件(志布志事件)や富山強姦事件(富山・氷見事件)など、次々とそのような冤罪事件が明らかとなった。

取調べが可視化されていない現在の刑事裁判においては、自白調書の任意性・信用性が問題となった場合、その点の証拠調べは、法廷において取調担当官と被告人にそれぞれ取調べ状況を延々と証言させ、供述させるという方法による。このような法廷供述による取調べ状況の再現は、往々にして水掛け論に終わり、自白の任意性・信用性の判断を極めて困難なものとし、裁判の長期化の原因にもなってきた。このような現状を変えるためには、取調べの全過程を録画・録音し、取調べ過程を客観的に検証できるように取調べを可視化する必要がある。また、そのような取調べの可視化は、「検察官は、被告人又は被告人以外の者の供述に関し、その取調べの状況を立証しようとするときは、できる限り、取調べの状況を記録した書面その他の取調べの状況に関する資料を用いるなどして、迅速かつ的確な立証に努めなければならない。」と定める刑事訴訟規則第198条の4の規定の趣旨にもまさに適合する。

加えて、7ヶ月後の2009(平成21)年5月には裁判員制度が実施される。裁判員裁判では、裁判員に対して分かり易い証拠調べを行う必要がある上、現在のように、自白調書の任意性・信用性が問題となったときに、延々と取調べ担当官の尋問と被告人質問を行うことは好ましくない。

このように、取調べの可視化(取調べ全過程の録画・録音)は急務である。

2 捜査機関による一部録音・録画は、「取調べの可視化」と呼ぶに値しない

これに対し、最高検察庁は、2008(平成20)年4月から、従前一部の地方検察庁本庁で裁判員裁判対象事件につき行ってきた検察官による取調べにおける一部録音・録画の試行を、全国の地方検察庁本庁及び裁判員裁判対象事件を取り扱う支部に拡大し、より本格的に試行することを発表した。また、警察庁も、2008(平成20)年度中に、警視庁及び大規模府県警察において、裁判員裁判対象事件について、警察官による取調べの一部を録音・録画することの試行を開始すると発表した。

しかし、これら捜査機関による一部録音・録画の試行は、裁判員裁判対象事件に限られ、かつ、自白事件について、自白内容を確認する部分のみを録音・録画するというものにすぎない。録画・録音していない場面における密室内での違法な取調べの弊害は全く解消されないばかりか、自白確認場面のみを一部録音・録画しそれのみを取調べることは、自白に至るまでの過程で捜査機関により違法な取調べがなされても、それがなかったかのような印象を与えかねず、かえって、自白の任意性・信用性判断を誤らせ、誤判・冤罪を生み出す危険性がある。このような取調べ過程の一部のみの録音・録画は、到底「取調べの可視化」と呼ぶに値しない。

この点、2008(平成20)年7月8日、佐賀地方裁判所は、強盗殺人か殺人かが争われた事案において、被告人の捜査段階における自白調書の信用性を補強するために検察官が証拠調べ請求した録画DVDについて、「DVDは25分程度の状況を明らかにするのみで、それ以前にどのような取調べがされたかは不明で、供述の信用性の裏付けとするのは困難である」と判示し、「取調官の主観や誘導が影響した後付けの動機の疑いが残る」として自白調書の信用性を否定した。また、同月14日、東京高等裁判所は、請求人櫻井昌司氏、同杉山卓男氏に係る再審請求事件、いわゆる「布川事件」について、2005(平成17)年9月21日に水戸地方裁判所土浦支部が下した再審開始決定を維持し、検察官による即時抗告を棄却する決定を下したが、同決定において、確定審で自白の任意性・信用性肯定の有力な根拠とされていた自白録音テープについて、「取調べの全過程にわたって行われたものではない上」「変遷の著しい請求人らの供述の全過程の中の一時点における供述に過ぎない」として、自白の信用性を補強するものではないと判断した。このような佐賀地裁、東京高裁の判断は、取調べの可視化と呼ぶに値しない捜査機関による一部録音・録画の問題点を的確に指摘したもので、高く評価できる。

なお、警察庁は、2008(平成20)年1月、「警察捜査における取調べ適正化指針」を策定・公表し、同指針で捜査部門以外の部門による取調べ監督制度を設ける方針を定め、これを受けて国家公安委員会が、同年4月、「被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則」を制定するに至っている。

しかし、警察庁が1980年(昭和55年)に代用監獄制度に対する厳しい批判をかわすために「捜査と留置の分離」を提唱しながら、今日に至るまで、警察組織内では取調べによる自白獲得を最優先課題とする捜査を留置に優越させ、違法な取調べにより虚偽の自白調書等を作成しそれら自白調書等を有力な証拠として訴追する冤罪事件を次々と作り出してきている歴史的経緯に照らせば、警察内部において捜査と監督とを分離したとしても、結局のところ捜査を監督に優先させてしまい、実効的な監督がなされないおそれが極めて大きいと言わねばならない。真に取調べに対する実効的な監督を実施するのであれば、客観的な監視・監督の可能な取調べの可視化(取調べ全過程の録画・録音)によるべきである。

また、最高検察庁は、2008(平成20)年4月、「検察における取調べ適正確保方策について」を公表し、決裁官が取調べに関する不満等を把握し、速やかに所要の調査を行い、必要な措置を講ずるなどとしているが、明確な規則も策定されていない上、同一組織内での監督にすぎず、結局のところ捜査を優先させてしまい、実効的な監督がなされないおそれが極めて大きいこと、真に取調べに対する実効的な監督を実施するのであれば、客観的な監視・監督の可能な取調べの可視化(取調べ全過程の録画・録音)によるべきことなど、警察の場合と同様である。

3 当連合会はこれまでも取調べの可視化実現を求め決議してきたが、未だ真の取調べの可視化は実現していない

当連合会は、2004(平成16)年10月、被疑者取調べの全過程を録画・録音する制度を確立し、遅くとも裁判員制度の実施までにこれを整備することを強く求めるとともに、その実現のため全力を挙げて取り組んでいく旨決議した。

さらに、2006(平成18)年10月には、国に対し、全地域における全事件について、被疑者、参考人を問わず、全取調べ過程の適正な方法による録画・録音を実現することを求めるとともに、裁判所に対し、刑事訴訟規則第198条の4の趣旨を踏まえ、全取調べ過程の録画・録音等客観的資料がない限り、その供述調書の任意性、特信性、信用性を肯定しない運用を確立するよう求めて決議した。

しかしながら、現在に至るも、取調べ全過程の録画・録音を義務づけ、真に取調べを可視化する制度は実現していない。

2008(平成20)年6月4日、参議院において、被疑者の取調べに際して被疑者の供述及び取調べの状況すべての映像及び音声を記録媒体に記録することを捜査機関に義務付け、これに違反して作成された被告人の供述調書の証拠能力を否定するという、真に取調べの可視化を実現させることを主な内容とする刑事訴訟法一部改正法案が可決されるに至ったが、同法案は衆議院において審議未了廃案となり、現在に至っている。

4 結論

よって、当連合会は、改めて、国会及び裁判所に対し、次のことを求める。


    国会に対しては、被疑者の取調べに際して被疑者の供述及び取調べの状況すべての映像及び音声を記録媒体に記録することを捜査機関に義務付け、これに違反して作成された被告人の供述調書の証拠能力を否定することを内容とする刑事訴訟法の一部を改正する法律を成立させ、真に取調べの可視化(取調べ全過程の録画・録音)を実現させること

     裁判所に対し、刑事訴訟規則第198条の4の趣旨を踏まえ、取調べ全過程の録画・録音など客観的資料がない限り、その供述調書の任意性、特信性、信用性を肯定しない厳格な運用を確立させること


以 上




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