中部弁護士会連合会

中弁連からのお知らせ

弁護士による依頼者密告(ゲートキーパー)制度の
立法化に反対する決議・提案理由

1 犯罪収益流通防止法案(仮称)の概要に至る経過について

    1989(平成元)年のG7によるアルシュ・サミット宣告を切っ掛けとして、マネーロンダリング(資金洗浄)対策を政府機関にて実施するため、OECD内にFATF(金融活動作業部会)が設置されました。

    FATFは、グローバル化しつつあるマネーロンダリングに加えて、テロ資金の流通を対策対象に加え、金融機関が行うべき措置を中心にして参加各国の政府に勧告をしてきました。この金融機関が行うべき措置は、顧客から与えられた情報を政府機関に届出し、かつ、届出したことを顧客に伏せることを義務づけすることにあります。それは、いわば「密告」の義務化です。

    日本政府(以下「政府」といいます)は、FATFの勧告や国際組織犯罪防止条約、サイバー犯罪条約などを踏まえて、2000(平成12)年2月に組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(組織犯罪処罰法)を、2003(平成15)年1月に金融機関等による顧客等及び預金口座等の不正な利用防止に関する法律(本人確認法)をそれぞれ施行させ、本年の通常国会には共謀法案を上程するなどしてきました。

    FATFは、2001(平成13)年9月11日に発生したアメリカにおけるテロ事件や以後のアフガニスタン・イラク戦争を契機とするテロ活動の一層の国際化の下で、対策の強化を図るため2003(平成15)年6月20日、従来の勧告に加えて40の勧告を行い、金融機関の顧客管理措置の強化とともに、弁護士などの職業専門家に対しても、その一定の業務につき金融機関に課せられていると同じ顧客管理義務と記録保存義務並びに「疑わしい取引の届出義務」を適用すべき旨の勧告をしました。

    上記の一定の業務とは、「不動産の売買、顧客の資金・証券・その他の資産の管理、銀行口座・貯蓄口座・証券口座の管理、会社の設立・運営・管理のための出資金の組成、法人または法的取極めの設立・運営・管理及び企業の買収・売却」の準備ないし実行としています。

    政府は、2004(平成16)年8月24日、従来の本部を国際組織犯罪等、国際テロ対策推進本部に改組するとともに、同年12月10日「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、この中で上記のFATFの勧告に従い、弁護士も届出などの義務対象業者に加えて規制する立法をする旨表明しました。

    そして、翌2005(平成17)年11月17日、同本部は「FATF勧告実施のための法律の整備について」を公表し、届出の受け手である金融情報機関と関連法律案の立法担当組織を従来の金融庁から警察庁に移管し、法案を2007(平成19)年の通常国会に提出するとしました。

    上記の経過の中で、本年5月「犯罪収益流通防止法案(仮称)」の概要が公表されたものです。

2 犯罪収益流通防止法案(仮称)の概要について

    犯罪収益流通防止法案(仮称)は、テロ資金その他の犯罪収益の流通防止に関する施策の基本を定めることにより「テロ資金供与防止条約を的確に実施」し「正当な社会経済活動が犯罪収益の流通に利用されることを防止すること」を目的にするとしています。そして、その立法は、国内の実態及びFATF勧告に基づく国際的な対策強化の動向を考慮するとして、金融機関本人確認法と組織犯罪処罰法第5章を母体にした立法としています。

    犯罪収益の流通防止に関して、事業者と国民の責務を定めるとともに、基本方針の策定作業は国家公安委員会が担い、そこにおいて事業所管行政庁・捜査機関の実施すべき施策の基本的事項を定めるものとしています。

    そして、前記のFATFの勧告にもとづき、本人確認および疑わしき取引の届出義務を負う義務対象事業者に、弁護士等(公証人を含む)を加えて拡大するものとしました。ただ既存の法体系における守秘義務等とFATF勧告との整合を図ることが必要であるとしています。

    なお上記の届出義務には、届出事実の顧客等への漏洩の禁止を定めています。弁護士の場合で言えば、依頼者に知られることなく警察に届出しそれを依頼者に知られぬようにすること(まさに密告者となること)が義務化されています。

    この義務を履行しなければ、事業所管大臣等による是正命令と報告徴収・立入検査が制度化され、場合により国家公安委員会が立入検査等を行うことができるとしています。罰則は、是正命令違反や検査拒否等につき定めるものとしています。

3 犯罪収益流通防止法案(仮称)の概要の問題点について

    弁護士が犯罪行為に加担するなどの違法行為を助長することは絶対に許されません。それとともに、弁護士は、依頼者から秘密を打ち明けられて、そのすべての事情を総合考慮して適切な助言をすることが使命でもあります。この場合、どのような秘密を打ち明けられても外に絶対に漏らさないからこそ、依頼者は弁護士に秘密を安心して打ち明けることができるものであり、これは弁護士制度に対する信頼の根幹です。この信頼なくしては、誰も弁護士に情報を開示して相談や助言を求めようとはしません。

    FATFの勧告に従っての上記法案(概要)は、FATFの勧告における問題点をそのまま継承しています。すなわち、依頼者の了解なくその秘密情報を国家権力に開示し、しかも依頼者にはそのことを秘しておくことの義務付けは、弁護士に依頼者を密告させることに外ならず、市民の弁護士制度に対する信頼を失墜させるものです。

    なお、FATFの勧告は、弁護士業務一般について密告を義務づけているわけではなく、一定の取引行為に限定しています。しかし、その一定の取引行為の範囲は判然としないという難点があるばかりでなく、根本的に弁護士が国家権力への密告者となる可能性があるというだけで、もはや弁護士制度に対する信頼を著しく毀損することは避けられません。

    さらに深刻なのは、密告義務の範囲の不明確性は、行政措置や処罰の当事者化を避けるために弁護士をして積極的に密告する行動を勢い誘発してしまうことです。現に、イギリスにおいて、1994年の立法にてソリシターに密告の義務付けがされたのですが、2004年度の密告数は1万数千件に達しているとされています。

    弁護士をその義務の対象事業者とするFATFの勧告に対し、アメリカ(ABA)・カナダ・ベルギー・ポーランド等において強力な反対運動が展開されています。この反対運動は、まさに弁護士制度の根幹に関わるものであるからです。このような世界的な反対運動の状況は、密告義務制度が国を問わず民主的司法制度の下における「弁護士制度」自体に対する敵対的な挑戦であることを明らかに示しています。

    なお、上記法案概要は、既存の法制度とFATFとの整合を図ることを検討課題にしていますが、弁護士をその義務の対象事業者にしようとする以上、どのように整合を試みても義務の免除範囲を一義的に明確化することは不可能であり、市民の弁護士制度に対する信頼を失墜させる試みでしかないのです。

    テロ資金やマネーロンダリング資金の対策も平和な社会を築くために重要な問題です。しかし、その問題を弁護士が依頼者を密告することで解決しようとする姿勢は根本的に誤りです。弁護士会は、弁護士がテロ資金やマネーロンダリングに関与させられることがないように、弁護士に継続的な研修を実施し、また、違法行為に加担した弁護士に対しては弁護士資格を剥奪するなどの厳しい処分を含め懲戒制度をもって臨むべきです。

4 まとめ

    依頼者密告制度の阻止は、弁護士制度の維持・発展のために不可欠です。

    日弁連は、アメリカ(ABA)等と連携して、FATFに積極的に反対運動を展開してきました。また、2005(平成17)年4月には国連第11回犯罪防止会議にも代表団を派遣して、この制度化の危険を訴えています。

    さらに、これらに先んじて日弁連理事会は2003(平成15)年12月20日に阻止活動をすべき旨の決議をし、2005(平成17)年12月16日理事会にて、立法阻止の運動方針を定めています。以降国会議員・マスコミ等への働きかけをすすめ、本年5月26日の第57回定期総会に反対決議を上程して採択をえています。

    当連合会の管内にても、本年5月までに全ての弁護士会で反対する旨の会長声明を発し、鋭意反対運動に取り組んでいます。

    弁護士の依頼者密告の義務化は、特殊な依頼者や依頼事項に係わる弁護士においてのみ問題になるものではありません。これらに係わらない弁護士にとっても、密告者とされること自体によってその信頼性が根底から疑われ、弁護士の評価を著しく低下させられるのであって、このことは弁護士全員の共通の課題です。

    この法律は、来年の通常国会に上程されるとのことです。反対運動を展開できる期間は数ヶ月に限られています。

    当連合会も先頭に立ち、会員1人1人が本立法の問題点を真剣にとらえて反対運動に取り組むことを決意し、本決議をします。


以 上




戻る




Copyright 2007 CHUBU Federation of Bar Associations