中部弁護士会連合会

中弁連からのお知らせ

自然公園の持続可能な利用と環境保全のための法整備等を求める宣言・提案理由

1 わが国の自然公園

1931年(昭和6年)に国立公園法が制定され、1934年(昭和9年)、わが国に初めて国立公園が誕生した。現在、国立公園は全国に28箇所あり、総面積は約206万ha、国土の5.4%を占めている。自然公園全体では国定公園が総面積約134万ha、都道府県立自然公園が総面積約196万haで、自然公園の総面積は約536万ha、国土の14.2%に相当し、先進国の中では高い割合となっている。

中部地方には、中部山岳国立公園、白山国立公園、伊勢志摩国立公園など多くの自然公園が存在する。中部山岳国立公園は、3000m級の山々が連なる北アルプス一帯にあり、聳え立つ急峻な地形や高山植物、ハイマツ帯などが傑出した風景美を構成するため、わが国を代表する山岳公園として国立公園制度が生まれた当初から指定されている。

国立公園制度は、わが国を代表する傑出した自然の風景地を保護する一方で、利用の増進を図り、国民の保健、休養、教化などレクレーションの場として、老若男女を問わず、より多くの人が利用し、自然の恩恵に浴することができるようにするという、2つの異なる目的を持っていた。その後に拡充された現在の自然公園法(1957年〈昭和32年〉制定)も同様に優れた風景地の保護と利用の増進を目的として掲げている(1条)。

わが国の制度は、アメリカのように国が土地を保有管理する営造物公園ではなく、土が狭く様々な土地利用が進んでいるため、公園指定地域内に国有地、公有地、民有地が入り混じる地域制公園である。すなわち、自然公園はその用途に応じ、一番核心的な自然風景を有する特別保護地区、特に風致の維持をはかる必要のある特別地域、そして普通地域があり、利用が最も厳しく規制される特別保護地区から特別地域(第1種から第3種)、緩やかな普通地域の順に、地域・地区により規制に強弱を設ける地域制を採用(ゾーニング)している。

2 過剰な利用とその影響

国立公園誕生当初は、原生的な自然を保護する役割も果たしてきたが、戦後の高度成長期に入り、モータリゼーションの発達とともに、観光の大衆化・大量化をもたらし、原生的な自然が残る山岳域まで観光道路やロープウエーが造られ、観光開発がなされた。そのため、国立公園に多くの観光客が押し寄せ、自然や地域住民の暮らしに対して様々な影響が及ぼされた。 さらに、バブル期に民間活力を利用しようと打ち出された総合保養地域整備法(1987年〈昭和62年〉制定、いわゆるリゾート法)によるリゾート開発は、森林法、農地法などの規制を緩和し、日本各地の自然公園を含む風光明媚な山や海辺にゴルフ場、スキー場などと高級ホテルをセットにした巨大なレジャー施設を建設した。バブル経済崩壊後の今、その約7割近くの計画・運営が暗礁に乗り上げ、巨大施設を抱えた各自治体はその後始末に苦慮している。

中部山岳国立公園においても、中央自動車道、東海北陸自動車道、中部縦貫道など道路網の整備により、山間部でもアクセスしやすい地域に利用客が集中するようになり、渋滞や騒音、ゴミやし尿の発生などの環境破壊が起こった。そればかりか、岐阜県の乗鞍スカイラインでは沿道の針葉樹の枯死率が非常に高いほか、観光客が登山道を踏み外して歩くため複線化したり、植生が破壊され裸地化が目立ってきている。乗鞍、立山などの高山帯では、セイヨウタンポポ、オオハンゴンソウなどの帰化植物が低地から侵入し生育するようになり、立山ではそれらの駆除に追われている。また、カラスやキツネなども観光客の捨てるゴミを求めて低地から高山帯に侵入し生息域を拡大している。高山帯の代表的な動物として知られている特別天然記念物のライチョウも、乗鞍や御嶽などで生息数が減少してきているほか、立山の室堂など観光客が殺到する地域では縄張りに偏りが現れている。最近では南アルプス白根三山の高山帯にニホンザルの群れが出現し、ライチョウが見当たらなかったという報告もある。このような生態系への影響や撹乱は、長年の人の利用による環境負荷が原因の1つと考えられ、白山、中央アルプスのようにライチョウの地域個体群が絶滅するのではないかと懸念されている。

憩いを求めて公園に訪れる利用者の面から見ても、とりわけ人気の高い上高地では最盛期に梓川の河原や河童橋に人が溢れ、駐車場に入りきれない観光バスが延々と列をなすなど、都会並みの喧騒、混雑を呈するようになっていた。

これら過剰な利用による、物理的・生物的な自然環境への負荷によって、生態系が衰退し損なわれることをオーバーユースという。利用者の立場からみた社会的・心理的な利用の阻害や満足感の低下も、自然公園としての保健休養機能を低下させる事態であるから、広義にはオーバーユースと捉えることができる。

オーバーユースの原因は、国民の休暇制度が十分保障されていないことなど社会構造上の問題でもあるが、自然公園の目的が、これまで利用の増進に偏り、特定の景勝地に人を集中させてしまい、生物多様性の保全に十分配慮して来なかったことを物語っている。

3 過剰利用の解消のための動き

こうした反省にたって、地元行政もようやく重い腰をあげ始めた。これまで何の規制もしてこなかった乗鞍スカイラインでも2003年(平成15年)からマイカー規制を実施するとともに、従来からオーバーユースが問題となっていた乗鞍山頂の畳平周辺地域を保全するために、1人あたり100円の割合で環境保全税を徴収するようになった。1975年(昭和50年)からマイカー規制を実施してきた上高地では、その後も利用者の増加によってバスが渋滞し、観光客が帰路取り残されるという事態が起こってきたため、本年から夏季の最盛期に限って試験的に観光バスの乗入れを規制するようになった。

しかし、いずれも道路交通法を根拠とする自動車規制であって、一時的には利用者が減少し、渋滞対策、排気ガス対策にはなるが、登山やハイキングなど自然体験を求める人が増加傾向にあることから、根本的にオーバーユースが解決されたわけではない。

1992年(平成4年)、国連環境開発会議(地球サミット)開催にあわせ、生物の多様性に関する条約が採択され、わが国も締結した。この条約を受けて、国も生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とした「生物多様性国家戦略」(1995年〈平成7年〉)を策定した。その後、種の絶滅回避や里山をはじめとした身近な自然に対する市民の意識の高まりなどから自然との共生をめざし、2002年(平成14年)に「新・生物多様性国家戦略」が策定された。このような動きにあわせて同年自然公園法が改正され、「自然公園に生息し、又は生育する動植物の保護が自然公園の風景の保護に重要であることにかんがみ、自然公園における生態系の確保その他の生物の多様性の確保を旨として、自然公園の風景の保護に関する施策を講ずる」と規定した(法3条2項)。新たに創設された利用調整地区制度も、オーバーユース対策として、利用人数や滞在期間などをコントロールするためのものである(16条)。また、風景地保護協定制度と公園管理団体制度も導入された。風景地保護協定制度は、第一次産業の衰退により荒廃が進んでいる里山などの二次的自然環境を維持管理するため、地方公共団体やNPO法人などと土地所有者が協定を結び風景の保護を図る制度である。公園管理団体制度は、崩壊した登山道の維持補修など、地域に密着した自然公園管理業務を行うため地元NPOなどを公園管理団体に指定する制度である。

4 新しい法創造−利用から生態系の保全に向けて−

たしかに自然公園法の改正は一歩前進したと評価できるが、生物多様性の保全の観点からは、まだ充分とは言えない。法の目的自体も改正前と変わることなく「優れた自然の風景地の保護」と「利用の増進」であるため、生物多様性の保全という観点からの効果的なゾーニングの見直しはなされない。

  

従来から、規制の最も厳しい特別保護地区の多くは、中部山岳国立公園では森林施業も不可能な2500m以上の高山帯であり、厳しい環境下にある脆弱な高山植物は保護される。しかし、イヌワシ、クマタカなど猛禽類は、特別保護地区となっている地域よりも広範な地域を餌場として必要としているが、その地域は規制の弱い特別地域、普通地域に指定されるに留まっている。野生動物の生息地を保護し、生物多様性の保全を図っていくには、現在の特別保護地区では面積が狭く十分ではない。このような結果を生んでしまったのは国立公園制度誕生以来、公園に指定されると森林施業の制限という不利益を受ける林野庁が特別保護地区など規制の厳しい指定に同意をしなかったり、民有地を含んでいると地域指定がなかなか進まないなどの事情があったからである。その結果、 自然公園はリゾート法に伴う森林法の規制緩和による開発や、その他の森林伐採の波に抗えなかったのである。

同じ地域性をとっているオーストリアの山岳公園であるホーエ・タウエルン国立公園は、IUCN(国際自然保護連合)の、「自然公園を推進するための保護地域に関する国際基準」を満たしている。すなわち、国際基準では、生態系の保護とレクリエーションを主目的として管理される地域(国立公園)、景観の保護とレクリエーションを主目的として管理される地域(景観保護地域)などに区分しており、同公園では自然生態系の保護とレクリエーションを目的として掲げているが、わが国の場合はそうではない。核心部として保護している面積の点でも、同公園の総面積約18万haの内、約70%が核心部分として保護されているのに対し、中部山岳国立公園では総面積17万haの内、約36%しか特別保護地区に指定されておらず、大きな隔たりがある。

したがって、自然公園法に生物多様性への配慮を盛り込むだけではなく、むしろ「新・生物多様性国家戦略」を達成するためには、生物及び生態系の多様性の確保を主たる目的とするように改正し、森林法など関連法との整備・調整を図りながら、現行のゾーニングの見直しを行なうべきである。

利用調整地区制度も、指定対象となるのは、法の目的が優れた自然の風景地の保護と利用の増進にあるため、「風光明媚」な特別保護地区と特別地域だけが対象とされ、風景が犠牲になっているか、利用が損なわれているか否かの観点から指定されるに過ぎないことになり、公園全体のバランスの採れた生物多様性の保全を図るためには十分機能しないことになる。実際にも、現在この指定を検討しているのは世界遺産候補地の知床などごく一部にとどまっている。

生物多様性の保全の観点から、乗鞍、上高地、立山など過剰利用されている地域は早急に利用調整地区の指定を視野にいれた実態調査、モニタリングを実施すべきである。

5 国民の余暇をめぐる新たな潮流と地域振興

国民の余暇や、観光のあり方について新しい潮流が生まれてきている。都市と農村の交流を目指し、農山村に滞在しながらその暮らしを体験しようというグリーンツーリズム、自然観察・自然体験を持続的に行っていこうというエコツーリズムなどである。農林水産省はグリーンツーリズムを、環境省はエコツーリズムを推進するプランを打ち出しており、リゾート法の発案者であった国土交通省も最近は体験型リゾートへの政策転換をはじめつつある。

今後、都市での疲れを癒し、リフレッシュを求める農村・田園への回帰や自然志向、高齢化社会に伴う中高年の余暇活動の増加の増加など、自然環境を対象とした観光はますます脚光を浴び潜在的な需要が高まるであろう。これらの新しいツーリズムは画一化された観光ではなく体験型、学び型、ふれあい型の持続可能な観光を目的としており、環境にも優しく、生物多様性の保全とも調和を保つものである。

ただし、「グリーン」、「エコ」に名を借りた無作為な自然公園へ立ち入りや開発であってはならず、これら新しいツーリズムを整備していかなければならない。 具体的には、@地元住民、ガイドによる公園散策路の適切な利用や管理システムの確立と公園エリアのきめ細かい環境の整備。A利用実態の調査を含むモニタリング(監視)。B自然散策や体験だけではなく、生態系の営みを知り学ぶための情報提供などである。

国立公園の普通地域に指定されている里山など二次林は手入れされなくなり荒廃が進んでいるため、これらの地域で林業体験や自然体験が出来るような、新しい利用空間を整備・促進していくことも、利用の分散化と多様な公園利用を図り一極集中による自然公園の過剰利用対策になるはずである。

さらには、体験型・交流型の自然公園の利用に伴い、観光地から観光地へと通過するだけではなく、滞在する人が増え、地元の人が自然の良き解説者になれば過疎化が進んでいる地域の活性化と雇用の創出に結びつくのである。また、地域住民にとっても、地域の自然の成り立ち、伝統や文化に誇りを持つことにもなろう。

6 あるべき公園管理と創造−住民参加−

生物多様性の保全も自然を利用した地域振興も、地域住民が自らの意志で議論に参加し、新たな方向性を探し求めることこそが重要である。

従来、自然公園の計画過程において、情報公開は極めて限られており、地域住民の意志が反映できる場がほとんどなく、国立公園の場合、中央環境審議会において経済界の有力者、観光協会、林業団体などが構成員とされ、地域住民や地域で活動するNPOは構成員となることはない。地域の自然をどう守り、どう自然公園を利用するかは、地元の自然を最もよく知る地域住民や、地域で自然保護活動をしてきたNPOなどが地道に考えていくべき事柄である。

したがって、国民共有の財産としての自然公園の将来のあり方を設計し、その実施を監視し、計画を軌道修正していくためには、広く制度的な住民参加を構築していかなければならない。公園の利用計画についての情報公開はもちろんのこと、公聴会の開催、審議会への住民の代表の参加、住民自治会への説明会、住民側からの意見の募集など、きめ細かな適切な措置が必要である。

さらに、過剰利用対策は保護と利用が鋭く対立し、その調和が問題となる場合であるから、計画策定の初期の段階から住民が参加し合意形成をしていくべきであるし、リゾート施設や林道新設などの開発についても計画の必要性から議論できなくてはならない。これまでのマイカー規制を例にとると、当該道路を管理する県において既に出来上がったプランにつきお墨付きを得るための形式的な検討委員会・協議会等を開催してきたといっても過言ではない。また、過剰利用対策については、本来一つの山を隔てて複数の県が個別に協議して解決すべき問題ではなく、各県が共通の認識の上に立って決めるべきである。自然公園は生物多様性の保全のための砦でもあるから、なおのこと公園全体を見据えて検討することが不可欠である。その意味で、公園に指定されている各県の地域住民や地域のNPOをも構成員とした公園管理委員会を法律上創設すべきである。

それにより、公園のあり方についての様々な選択肢から合理的で確実な意志形成もなされ、県域を越えた過剰利用対策も導きだされ、地域振興にも繋がるのである。

7 結論

バブル経済崩壊後、多くの観光地やスキー場では客足が遠のいており、地域の活性化が切望されている。自然公園も積極的な利用が求められ、自然体験を重んじる潮流が生まれつつある。今こそ、自然公園の生物多様性を保全しつつ、持続可能な利用によって地域振興にも資する、自然と人間の共生の場としての自然公園を創造していくべきである。

このことにより、次世代の人々も健全で豊かな自然の恩恵を享受でき、我らがふるさとに誇りをもつことが可能となるのである。

よって、当連合会は、ここに本宣言をする。

以 上




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