中部弁護士会連合会

中弁連からのお知らせ

いじめ・虐待防止ネットワークに関する宣言・提案理由

  1. 1989年11月22日国連総会において子どもの権利条約が採択されたことを契機として、1990年10月中部弁護士会連合会は第38回定期大会において「子どもの権利条約と学校生活」をテーマにシンポジウムを開き、子どもの人権にかかわる不登校問題、体罰、内申書その他管理主義教育の問題点を学校生活の実態を踏まえて多面的に提起した。このシンポジウムには多くの市民の参加もあり、子どもの人権の普及においても成果があった。

  2. その成果を承けて、各地の単位会において子どもの人権を擁護する多様な取り組みを展開してきた。


    【名古屋弁護士会】

    毎週土曜日の子どもの人権相談を中心に個別の相談事例に積極的に対応し、学校側との協議、交渉などを通じて、調整的に問題解決を図ることができた事例もある。

    1994年には愛知県西尾市で大河内清輝君のいじめ自殺という衝撃的な事件が発生したことを契機に、同特別委員会はいじめの集中相談を実施し、1995年7月には子どもの人権パンフレット(その1)「体罰根絶のための8つの視点、4つの提言」を作成し、さらに同年9月同パンフレット(その2)「いじめ解決のための8つの提言」を作成して、愛知県内の各学校にも配布した。

    子どもの人権相談にも子どもの虐待問題が持ち込まれるようになったことから、1995年には同特別委員会委員らの呼びかけにより、市民のボランティア団体「子どもの虐待防止ネットワークあいち」(CAPNA)が創立され、2000年4月特定非営利活動法人となった。また、1997年1月には、同特別委員会委員らが中心になってCAPNA 弁護団が結成された。CAPNA 弁護団は現在名古屋、岐阜、三重の各弁護士会所属弁護士62名によって構成されている。

    子どもの虐待問題は、非常に複雑困難で多面的な問題が複合的に生じているのが通常であるため、児童相談所その他の特定の機関だけで解決することはできないところから、ネットワークの必要性が認識されるようになったものであり、CAPNA の成立は必然的な成り行きであったと言える。

    すなわち、虐待されている子どもの発見、危機介入(子どもの保護)、子どもの生活環境や家族関係の調整、傷ついた子どもの回復と自立の援助に至るプロセスには、児童福祉の中心的機関である児童相談所だけではなく、医療機関、保健所、学校、幼稚園、保育所、児童福祉施設、警察等の諸機関のほか、特に虐待問題について基本的な知識を有する弁護士、医師、看護婦、保健婦、カウンセラー、保育士、教員、あるいは地域の民生委員、主任児童委員などによるネットワークが必要である。そのネットワーク活動の中で、子どもを守り、問題を解決するための有効な法的手段を駆使できる弁護士は重要な役割を果たすことが少なくない。そのため、名古屋市児童相談所は1997年4月から児童福祉専門員として弁護士1名に委嘱するようになり、また、愛知県は2000年4月から虐待対応弁護士として2名の弁護士に委嘱するようになった。これらの弁護士も、CAPNA 弁護団から選出されている。

    全国の児童相談所が受けた親等による子どもの虐待件数は2000年まで10年間に約17倍の1万8804件に達した。それは、ストレスフルな社会環境のもとで、子どもの虐待が増加しているという側面のほかに、子どもの人権の視点から虐待が発見されるようになったことを反映している面があるとも言えよう。そして、市民の虐待防止ネットワークの広がりは、そのような時代の要請に応えるものである。


    【岐阜県弁護士会】

    岐阜県弁護士会は、子どもの人権センターを組織し、毎週月曜日から金曜日に子どもの人権相談窓口を常設し、個別の相談事例に対応している。現在毎月平均4,5件の相談実績があがっている。さらに毎年5月には日弁連の呼びかけに応じて「全国一斉こどもの日記念相談」を実施しているが、これには大学教育学部の教授の協力も得ている。

    子どもの虐待問題については、個々の弁護士が対応して成果を上げていおり、CAPNA 弁護団に参加している弁護士もいるが、弁護士会としても対応すべきであるとの機運が高まった。

    こうした中で、岐阜県弁護士会では、1999年度から児童相談所との懇談会を年4回実施してきた。ここでは、児童相談所から提供される事例報告に基づき、一時保護の要件の検討、審判申立についての主張内容や疎明方法のあり方、告訴の可否、あるいは親の離婚問題や負債整理など、法的対処についての意見交換を行っている。

    今年度は新たに弁護士会内に子どもの虐待に対応する部会を設けた。部会は3部会とし、それぞれ5名程度の弁護士を配置し、児童相談所等から虐待ケースへの対応を求められた場合に、部会員がチームを組んで対応しようというものである。いまのところ具体的事件に対応した実績はなく、また、これまで子どもの虐待ケースに関与した経験も乏しいので、今後、相互研鑽をしつつ、適切な対応がとれるようにしたいと考えている。


    【三重弁護士会】

    三重弁護士会では、1998年10月から2001年3月までの間、月1回のペースで「児童虐待事例検討会」を中央児童相談所において開催した。同検討会では、児童相談所が実際に扱った事例を素材として、児童相談所職員、弁護士、小児科医、法医学教授、精神科医、児童委員、家庭裁判所調査官、里親、保育士等がそれぞれの立場から意見を出し合った。

    同検討会により各機関の役割、機能についての相互理解が深まったが、今後各機関の連携をどのように構築するかが課題となっている。


    【福井弁護士会】

    福井弁護士会では、1993年から福井大学教育学部付属教育実践センター(以下「センター」という)と共催で「子どもの悩み110番」を実施している。

    当初は年2回であったが、現在は以下のように年4回の開催が定着している(合計年間6日間)。


      5月 日弁連と共催の全国一斉こどもの日記念相談 1日間

      9月 中旬頃に2日間

     10月 福井県小児科医師会・福井県保健協会との共催で1日間
           県内各地を巡回する。

     12月 敦賀市と小浜市で2日間


    この相談時間は、午後1時から午後10時までとしている(敦賀市と小浜市では午前10時から午後9時まで)。相談時間を遅くまで開いているのは、子ども本人からや家族が電話をしやすい時間帯をできるだけ幅広く保障したいという考え方からきている。

     相談スタッフは、弁護士(2,3名)、小児科医(1名)、大学教官(3名・教育心理学、教育学、障害児教育)という多彩なメンバーがあたっている。

    もう一つの特徴としては、地元の「親の会」の協力がある。面接相談や座談会をセットしたり、不登校などで悩む親のその後の相談に乗ってもらうなど、緊密な協力体制が整っている。年4回の取り組みを県内いくつかの場所で長時間実施している理由はここにある。


    【金沢弁護士会】

    金沢弁護士会の子どもの権利委員会は、子どもの権利を擁護することを目的とする幅広い活動をめざしている。たとえば、子どもの権利の侵害事案についての早急な救済活動、必要に応じて関係機関その他に対する要望、勧告、警告その他の措置をとることとしている。

    また、1987年以来、「子どもの悩みごと相談」を毎週1回木曜日に開設し、電話、面接による無料相談を実施している。

    その相談案件の中で、子どもの権利委員会として取り組む必要があると考えられるものについて、まず、委員会において取り上げるべきかどうかを協議検討する。その対応には、次の2種類に分けられる。


    1. 委員会として対応すべきケースについては、委員会が関係者から事情聴 取等の調査を行い、その調査結果に基づいて学校等関係者に対して要望、 勧告等を行う。
    2. 子どもの権利侵害としては重要だが委員会が対応するのになじまないケ ースには、委員の中から代理人候補者を選任し、相談者から個別に受任 し、子ども側代理人として弁護士活動を行う。

    このような代理人としての弁護士活動においても、たとえば、学校生 活に関する問題などの場合には、子どもをサポートしつつ、学校側との 関係の調整をも念頭に活動する。


    【富山県弁護士会】

    富山弁護士会では、1988年いじめを苦にして自殺した中学生の両親から調査申立を受け、1996年子どもの権利委員会と人権擁護委員会が合同で検討会を開き、その結果、子どもの権利委員会が中心となって弁護士会の弁護士全員に弁護団結成を呼びかけ、5名の弁護士で弁護団を結成した。

    弁護団は、学校側が生徒の生命、身体、精神等の安全を配慮する安全保持義務を怠ったこと等を理由として、1996年10月学校設置者である富山市に対して総額2000万円の損害賠償を求める民事訴訟を富山地方裁判所に提起した(2001年9月5日、富山地方裁判所で請求棄却の判決が言い渡され、原告は控訴した。この判決は、いじめの実態に対する認識を欠いており、また、保護者にも情報を公開しない学校側のいじめ隠しを追認する不当な判決であると言わざるを得ない)。


    以上のように各単位会において、比較的新しい活動分野として、子どもの人権問題に対する取り組みが積極的に展開されてきた。子どもの人権にかかわる弁護士の活動の多くは、弁護士のボランティア活動によるものである。そこに、各地の弁護士が広域にわたってネットワークを作ることも可能になる契機があり、また、市民のボランティア活動とのネットワークを構築することもできる。

  3. 他方で、子どもたちを取り巻く現実はなお厳しい状況にあり、深刻な子どもの人権侵害が発生する社会の構造的な問題は大きい。この分野での弁護士の活動の必要性はますます大きくなると思われる。

    すなわち、2000年度文部科学省学校基本調査によれば、全国の小・中学校の不登校は13万4000人を超え、中学校では38人に1人の割合になる。小・中学校の児童、生徒数が減少し続ける中で、不登校は過去25年間増加の一途をたどり、10年前の約2倍に達していることになる。その不登校増加の背景には、学校教育環境が、子どもたちの自由な学びや成長の要求に対応し得るものになっていないという問題が存在する。

    1998年6月国連子どもの権利委員会は、子どもの権利条約に基づき、日本政府に対して多くの勧告をした中で、日本の学校教育制度が高度に競争的であり、子どもに過度のストレスをもたらしていることを指摘した。そのような内申書など一方的な成績評価による競争、個人を尊重しない集団主義的な管理、あるいは体罰など力による抑圧が、子どもたちのいじめ問題の背景構造をなしている。不登校の増加の背景にも、深刻ないじめが存在することは明らかである。1995年3月13日、文部省は「いじめ対策緊急会議報告」において「いじめについては、従来、一部にいじめられる側にもそれなりの理由や原因があるとの意見が見受けられることがあったが、いじめられる側の責に帰すことは断じてあってはならない。」と明記した。しかし、学校の現場では、いじめられる側にも原因や誘因があるという教員の誤った認識も根強いなど、学校自体として、真に子どもの人権の視点に立っていじめの問題を解決する能力をもたない事例も多く見られる。

    しかも、いじめから自分を守るために不登校状態になった子どもは、学校へ行かないことを教師からも親からも否定され、深刻な精神的孤立状態に追い込まれる相談事例も少なくない。さらに、子どもが学校以外に学びの場や居場所を選択する自由が保障されず、その社会資源もまったく不十分な現状のもとで、子どもも親も孤立して大きな不安を抱えざるを得ない状況に追い込まれている。まさしく、不登校の子どもは、学校で学習する権利を奪われ、学校へ行かないで自分を守ることさえ否定され、他の学びの場や居場所を選択する権利も保障されないという、二重、三重に人権を侵害されていると言わなければならない。

    また、2000年春に全国的な話題になった名古屋の中学校を中心に発生したいわゆる5000万円恐喝事件も、本質的にはいじめにほかならない。そして、加害者少年ら自身が小さい頃から体罰、いじめの暴力の被害を受けて大きな心的外傷をもち、抑圧された怒りや恨みを他者への暴力として表していたという暴力連鎖の構造が明らかにされている。しかも、子どもを管理や取締の対象としか見ない教師や警察官などの姿勢が被害者の訴えを見過ごし、被害の拡大を招いた。この事件においても、子どもたちが暴力被害によって受けた心的外傷の深刻さ、暴力連鎖の構造を認識、理解することなく、単に結果として発生した非行の重大性のみを問題にして加害少年らを厳罰に処しただけでは何らの問題解決にもつながらないのであり、非行の再生産を防ぐことはできない。

    深刻な非行に至る少年は、極めて高い確率をもってその生育史のなかで虐待やいじめの被害を体験し、心的外傷を有していることが明らかにされている。犯罪被害者の回復とともに、犯罪をした者の心的外傷にも耳を傾け、その回復を図らなければ、その人間的更生も犯罪の再生産を防ぐこともできない。そのような観点から欧米ではリストラティブジャスティス(修復司法)が提唱され、最近ようやくわが国でも注目され始めた。

    子どもの虐待の問題もまた極めて深刻な状況にある。全国の児童相談所が受けた子どもの虐待相談件数は、2000年度までの10年間に約17倍の1万8804件に達している。前記の国連子どもの権利委員会の所見は、日本政府に対し、学校における暴力防止のためのプログラムの策定や家庭における子どもに対する暴力禁止の法律を制定することを勧告した。そして、2000年5月児童虐待の防止等に関する法律が成立した。この法律も児童福祉法も、子どもの人権を明記せず、子どもの人権の視点からは不十分な点はあるものの、虐待防止法が関係機関と民間団体の連携の強化を明記した点は画期的であるということができる(4条)。そこには、市民のボランティアによる子どもの虐待防止のネットワークが各地に広がりつつある成果が反映していることは明らかであろう。

    また、ようやく子どもの声を直接受けとめようとする市民のボランティアによるチャイルドラインも各地で開始されている。

  4. いじめと虐待という子どもの心身を深く傷つける問題に対しては、発見、介入から人間関係の調整修復、傷ついた子どもの回復と自立援助に至るプロセスを見通した対応が必要である。そして、そのような対応は、学校、児童相談所等個々の機関や専門職だけで十分適切に行うことはできないのであり、これらのプロセスを通して直接間接に子どもを守り、支える者のヒューマンネットワークが是非とも必要である。

    そして、真に子どもの役に立つネットワークを創るために、特に、いま求められることは、子どもを単に管理、指導あるいは保護の客体と見る子ども観から脱却し、子どもを権利行使の主体とする子どもの権利条約の子ども観に立ち、子どもの意見表明に耳を傾け、問題解決のプロセスに子どもが主体的に参加できるようにし、子どもとのパートナーシップによって共に考え、行動する大人の存在である。

    しかし、他面で、現実には家庭裁判所の少年非行に対するケースワーク的機能を大きく後退させ、厳罰で処理しようとする改正少年法が成立し、また、教育における子どもの権利を否定し、学校教育における権力性を強化する教育関係法の改正の動向など、子どもの人権保障に逆行する反動的な政治の動きも顕著になっている。

    当連合会は、この時機においてこそ、今日の時代の要請に応え、学校教育環境の改善や児童福祉関係機関の充実を要請するとともに、子どものパートナーの視点に立って、地域のネットワークを結び、あるいはこれに積極的に参加し、深刻な人権侵害状況にある子どもを守り、傷ついた子どもの回復および自立を援助する活動を一層広げる努力を続けなければならない。その当面の課題として、次の4つの課題に取り組むべきである。


    1. いじめ、虐待問題に有効に対応し得る学校、児童福祉機関その他関係機関、地域を含めたネットワークを構築し、そのネットワークの一翼を担う。

    2. いじめその他学校生活にかかわる諸問題について、子どもをサポートしつつ人間関係を調整する役割を担う。

    3. 子どもが主人公になる開かれた学校教育環境と地域の居場所づくりのために積極的に提言する。

    4. 児童福祉関係機関および児童福祉施設の人的物的充実について関心を  持ち積極的に提言する。


    以上の理由により、この宣言を提案する。

以 上




戻る




Copyright 2007 CHUBU Federation of Bar Associations