中部弁護士会連合会

中弁連からのお知らせ

社会福祉基礎構造改革における弁護士、弁護士会の役割に関する宣言・提案理由

1 はじめに

65歳以上人口が総人口に占める割合は、1970年の7.1%から、2000年には17.2%となり、さらに2020年には26.9%になると予想されている。

このような急速な高齢化の中で、国は、@福祉サービスの利用制度化(措置から契約へ)、Aサービスの質の向上、B社会福祉事業の充実と活性化、C地域福祉の推進、を 内容とする社会福祉基礎構造改革を推進し、本年4月には介護保険制度が実施され、6月には社会福祉法が成立するなど、21世紀に向けて高齢者を取り巻く環境は大きく変容しようとしている 。

2 社会福祉基礎構造改革の考え方と問題点

社会福祉基礎構造改革の中心である「措置から契約へ」という考え方は、行政が福祉サービスの提供主体となってきたこれまでの措置制度を原則として廃止し、民間事業者 の参入を前提として、福祉サービスの提供を利用者とサービス提供者との契約に委ねるとともに、福祉の分野に市場原理の導入を図るものであり、これまでの福祉政策を大き く転換するものである。

これについては、利用者の選択の幅が広がる等の肯定的な意見もあるものの、他方で憲法25条の国の責任を放棄するものであるとの批判、あるいは福祉サービスの分野に市場原理を持ち込むことの妥当性に疑問を呈する意見も少なからず見受けられるところである。社会福祉法6条には国及び地方公共団体の責務が明確に規定されてはいるが、今後も国の福祉政策を慎重に見守る必要がある。


(1) 「措置から契約へ」の問題点

福祉サービスの利用は、高齢者にとって日常生活を維持する上で必要不可欠なものである。そのため、往々にして高齢者は、自己に不利益な内容であっても契約を締結せざるを得ない立場に立たされる。その意味で、理念的にはともかく、現実の問題として、福祉サービスに関する契約において高齢者に認められる選択の自由はそれほど大きくはない。さらに、福祉サービスは高齢者の生命・身体の安全に直結する問題であり、そのような重要な場面において契約制度が導入されたことは特に留意されるべきである。

福祉サービスの利用についてはかかる特質が存するが、その契約の場面において、高齢者は必ずしもサービス提供者と対等な地位に立たない。

第一に、高齢者の中には加齢と共に判断能力が減退していく人があり、そのような高齢者に対しては、判断能力の適切な補完がなされなければその権利を十分に保障することはできない。

この点につき、国は、福祉サービスの利用援助を目的とする地域福祉権利擁護事業を全国的に展開して、問題に対応しようとしている。地域福祉権利擁護事業が、一定のケースにおいて、能力が減退しつつある高齢者の権利の保障にとって有効に機能する場合があることは否定できない。しかし、福祉サービスの利用援助という目的に限定されるため、その適用範囲は限定されざるをえず、判断能力低下の程度が大きい場合や所有不動産の処分等が必要な場合、あるいは紛争性の高いケースには機能しない。  地域福祉権利擁護事業によって全ての高齢者の「権利擁護」が図られるとは考えられず、成年後見制度の適切な活用やその他の対策を検討することが重要である。

第二に、契約を締結するにあたっては、情報を収集し、これを取捨選択することが必要である。しかし、多種多様のサービスが提供される中で、個人としての高齢者が、自らの努力のみによって福祉サービスに関する情報を十分に収集することは容易ではない。また、情報が与えられても、その内容を理解して自らの状況に応じて適切に選択するためには、福祉や法律に関する知識が必要である。その意味で情報を提供するだけでは足らず、情報の提供から契約に至るまでを福祉や法律の専門職によってサポートする体制を整備することも必要である。


(2) サービスの質における問題点

社会福祉基礎構造改革においては、国や地方自治体が福祉サービス提供の主体から外れ、民間事業者がサービス提供の主たる担い手となることが想定されている。民間事業者の参入によって多種多様のサービスが提供される可能性があるという点では評価しうるものの、サービスの基準が明確にされていないため、その質をいかに確保するかがこれまで以上に重要な課題となる。この点、福祉サービスに契約法理が導入されたことに伴い、市場原理によってサービスの質は確保されうるとの見解もあるが、福祉サービスや事業者に関する情報が十分に提供されず、かつ高齢者が対等な契約当事者たる地位につくことが期待できない現状のもとでは、市場原理のみによってはサービスの質の向上は期待できないというべきである。

国は、社会福祉法の成立後、福祉サービスの質の確保の方法について一定の指針を示してはいるが、当面は、事業者において自己評価基準を確立し、将来的には第三者による評価機関の設置および評価方法の確立をはかることが必要である。

また、行政においては、事業者に対する指導・監督権限を適正に発動すること、具体的には、事業者に対して、苦情処理システムの整備、外部委員やオンブズマン制度の設置・活用を指導することが重要かつ緊急の課題である。

3 社会福祉基礎構造改革と成年後見制度


(1) 成年後見制度の活用のために

本年4月には、新しい成年後見制度が施行された。判断能力が減退した高齢者の権利の保障にとって重要な意義をもつ制度であり、とりわけ社会福祉基礎構造改革によって、福祉サービスの提供が契約によって規律されることになった現状に鑑みると、これを適切かつ積極的に活用することは必要不可欠である。

そのためには、これを利用しやすい制度にしなければならない。新しい成年後見制度では、戸籍への記載が廃止され、複数後見人・法人後見人の選任が可能になるなど、いくつかの点で利用しやすい制度とするための改正がなされているが、必ずしも十分  ではない。また、運用に関わる面も大きく、実際に法の運用に関与する弁護士が果たすべき役割は大きい。

弁護士は、成年後見制度に申立の場面で関与するほか、成年後見人としても関与することになるが、福祉サービスという日常的な場面にも契約制度が取り入れられていることを考えるならば、福祉・介護の面を含めて高齢者の生活全般を支援する視点に立って、後見人としての職務を遂行することが必要である。

しかし、現実の問題として、弁護士のみによって日常生活の支援を含む高齢者の生活全般を支援することは困難であり、本人、家族、福祉専門職、行政、市民とのネットワークの中で活動していくことが必要である。


(2) 任意後見契約の活用

さらに、民法が予定する法定後見制度は、現に保護を要する状態になっている高齢者を対象とする制度であるが、現実の問題として、要保護の状態になった時に初めて問題に対応しようとしても、十分に自己決定権を尊重できるとは考えがたい。高齢者の援助に携わる人が、どれだけ本人の自己決定を尊重しようとしても、それ以前の生活状況や物の考え方を全く知らないままでこれを行うことは不可能である。

その意味で、意思能力が十分なうちに契約を締結し、意思能力が減退した後にその契約に従って後見を行う任意後見契約は、自己決定を実現する上できわめて有効な制度であり、これを十分に活用することが必要である。

そのためには、健常な段階から、多種多様の情報を本人に提供し、高齢者が介護、財産管理その他の問題や今後の生活を自ら考えることができるような機会・場面を提供し、高齢者をサポートする態勢を作ることが必要である。


(3) 成年後見制度の充実のために

他面、新しい成年後見制度においても、自らの財産から後見人の報酬を支払うことができない場合や、親族による申立が期待できない場合など、必要性がありながら制度を利用することができない高齢者が多数存在している。国や地方自治体においては、経済的に困窮している高齢者に対する公費援助を実現するとともに、新しい制度で認められた市町村長の申立権を適正かつ積極的に活用することが必要である。

加えて、福祉専門職が成年後見制度にどのように関わるかが、制度上明確に意識されていないという問題も残されている。生活全般の支援という面で、福祉専門職の果たすべき役割が大きいことに鑑みるならば、福祉専門職を制度上明確に位置付けた上で制度の運営をしていかなければならない。

4 弁護士・弁護士会の役割


(1) 支援センターの設立・充実に向けて

社会福祉基礎構造改革のもとで高齢者の権利を真に保障するためには、弁護士会が、福祉専門職、行政、市民らと広く連携し、高齢者問題の特質に十分対応できる相談体制を整備するとともに、財産管理・介護支援など高齢者の生活全般を支援するセンターを設置することが必要である。

平成12年7月13日現在で、全国52単位会のうち21単位会に高齢者の支援センターが設置されているが、当連合会においても、各単位会の実情をふまえた上で、合同の研修等を通して情報やノウハウの共有を図りつつ、相互の協力のもとで、相談体制の整備および支援センターの設置に向けて努力すべきである。


(2) 福祉サービスの利用を支援する社会的なシステムについて

契約締結の場面では、高齢者に情報が十分に提供され、かつ当該情報を理解して契約するための福祉及び法律面からの援助体制が整備されることが必要である。そして重要なことはこれらが有機的に関連して機能することであり、社会的なシステムとして構築されることが必要不可欠である。

さらに、サービスの質を確保し、これを向上させるためには、個々の苦情を適切に処理することはもとより必要であるが、個々の苦情をフィードバックして、サービス全体の質の向上に結びつけるシステムを構築することが必要である。

このようなシステムを構築するにあたっては、情報量も多く、サービス提供者に対して法律上ないし事実上の指導権限を有している行政が、その中核的な役割を果たす べきであると考えるが、他方で、行政により提供される情報は形式的なものとなりがちで、利用者たる高齢者が求める情報が得られにくい側面がある。また、サービスの質の問題に関しても、最低限の基準が採用される危険性も皆無ではない。これらの事情を考慮するならば、行政のみによってシステムを構築するのではなく、福祉専門職、市民、弁護士等が、それぞれ対等な立場で自由に意見を交換することができるシステムを構築することが望ましいというべきである。

弁護士、弁護士会は、当該システムにおいて高齢者の契約締結を法的側面から援助するとともに、高齢者とともに、あるいは高齢者に代わって、システムのあり方自体を監督するチェックパーソンとしての役割を果たす必要があるものと考える。


(3) 成年後見制度について

弁護士は、判断能力が減退した高齢者の権利保護のため、成年後見制度を適切に活用すべきである。同時に、成年後見人等として職務を遂行する際には、本人の自己決定の尊重という視点を常に念頭に置きつつ、身上配慮義務が新たに盛り込まれた趣旨を活かし、財産管理のみならず、介護・福祉を含めて本人の生活全般を支援する立場から職務を遂行しなければならない。

また、弁護士会は、国及び地方自治体に対し、経済的事情や申立権者の問題から、制度利用の必要性がありながら申立ができない高齢者に対する公的援助体制、すなわち申立費用、後見人報酬に対する公費援助および首長の申立権の積極的かつ適切な運用を求めるほか、成年後見制度を利用者にとって利用しやすい制度とするための提言を行う必要がある。

   以上の理由で、社会福祉基礎構造改革における弁護士、弁護士会の役割に関する宣   言を提案するものである。



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