本年7月18日、名古屋高等裁判所金沢支部(増田啓祐裁判長)は、いわゆる「福井女子中学生殺人事件」について、前川彰司氏に対し、再審無罪判決(検察官控訴に対する棄却判決)を言い渡した。
本件は、1986(昭和61)年3月19日、福井市内で女子中学生が殺害された事件である。前川氏は、同氏の犯人性を示す客観的な証拠が全く無い中で、関係者らの供述に基づき事件発生の1年後に逮捕され、起訴された。前川氏は、逮捕以来一貫して事件への関与を否認し、無罪を主張してきた。
1990(平成2)年9月26日、確定審第一審(福井地方裁判所)は、変遷を重ねる関係者らの供述の信用性を否定し、無罪判決を言い渡した。しかるに、確定審控訴審(名古屋高等裁判所金沢支部)は、控訴審でも変遷した関係者らの供述が「大要は一致」するとしてその信用性を認め、1995(平成7)年2月9日、逆転有罪判決(懲役7年)を言い渡し、この有罪判決が最高裁で確定した。
2004(平成16)年7月、前川氏は、日本弁護士連合会の支援のもと、第1次再審請求を申し立てた。再審請求審(名古屋高等裁判所金沢支部)において関係者らの供述調書の一部等が開示された結果、関係者らの供述の著しい変遷がより一層明らかになり、2011(平成23)年11月30日、関係者らの供述の信用性が否定され、再審開始決定がなされた。しかるに、再審異議審(名古屋高等裁判所)は、2013(平成25)年3月6日、新証拠はいずれも旧証拠の証明力を減殺しないとして再審開始決定を取り消し、この判断は特別抗告審でも維持された。
2022(令和4)年10月14日、前川氏は第2次再審請求を申し立てた。再審請求審(名古屋高等裁判所金沢支部)では、裁判所の積極的な訴訟指揮もあり、検察官から新たな証拠287点が開示され、主要関係者の証人尋問も実施された。
その結果、2024(令和6)年10月23日、同支部は、関係者の一人が自己の利益を図るために前川氏を犯人とする虚偽供述を行い、捜査機関が他の関係者に誘導等の不当な働きかけを行って関係者らの供述が形成された具体的かつ合理的な疑いがあるとして、関係者らの供述の信用性を改めて否定し、再審開始決定をした。検察官が異議申立てを断念したことから、この再審開始決定が確定した。
この決定を受け、本年3月6日、名古屋高等裁判所金沢支部にて、前川氏に対する第1回再審公判が開かれ、証拠の取調べがなされた。しかし、検察官からは再審請求審にて提出した証拠以外の新たな証拠の請求はなく、検察官、弁護人がそれぞれ弁論を行ない、即日結審した。
本判決は、改めて関係者供述の信用性を否定し、前川氏に対する第一審の無罪判決を維持し、検察官の控訴を棄却した。本判決は、前川氏の無罪を改めて明らかとするものであり、当連合会はこれを高く評価する。
他方、検察官は、確定審以来、証拠開示について消極的な姿勢に終始し、事案の解明及びえん罪被害の救済を阻んできた。また、再審開始決定に対する異議申立てを断念し、さらには再審公判において新たな証拠調べを請求しなかったにもかかわらず、有罪の主張を維持した。このような検察官の態度は、いたずらに有罪の主張に固執した、公益の代表者としてあるまじき、不誠実なものである。検察官が本判決に対して上告をしなかったことは当然のことであり、今回の判決を厳粛に受け止め、真摯に反省するよう求めるものである。
前川氏は、1987(昭和62)年に逮捕されてから38年の長きにわたり、殺人犯の汚名を着せられ、身体拘束を受け、有罪判決により受刑する等の苦しみを味わった。この苦しみは、無罪判決が確定しても、決して消えるものではない。
当連合会は、これまで無罪を訴え続けてきた前川氏とそのご家族、支援者及び弁護団の方々の努力に改めて敬意を表するとともに、今後も必要な支援を続けることを改めて表明する。
このような過ちを繰り返すことなく、無辜の市民が罰せられることのないよう、捜査機関の保有する証拠の全面開示等えん罪を防止するための制度改革と、再審法の全面改正が急務である。今年6月に議員立法として提出され継続審議となった再審法改正案は、再審請求審における証拠の開示命令及び再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止等、えん罪被害からの早期救済に必要不可欠な制度を内容とするものであり、その早期成立が求められる。
当連合会は、それらの法制度改革を含め、基本的人権の擁護と社会正義の実現のため、全力を尽くす所存である。
2025(令和7)年8月4日
中部弁護士会連合会
理事長 菊 賢 一