民法第750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めて夫婦同姓を義務付けており、婚姻に際しては、夫または妻のいずれか一方の氏を選択しなければならない。
しかし、氏名は「人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成する」(1988年2月16日最高裁判決)ところ、氏名を変更したくない者に対しても、その変更を強制する民法第750条は、氏名の変更を強制されない自由を不当に制限するものであって、憲法第13条に違反するものである。
また、夫婦が同姓にならなければ婚姻できないとすることは、憲法第13条の自己決定権として保障される婚姻の自由を不当に制限するものである。
さらに、夫婦が同姓を選択しない限り婚姻することができず、婚姻の法的効果も享受することができないとすることは、憲法第14条の法の下の平等に反するものである。
加えて、婚姻に「両性の合意」以外の要件を加重し当事者の自律的な意思決定に制約を課す点で憲法第24条に反する。また、現実に婚姻の際に改姓するのはほとんど(約95%)女性であって、改姓による不利益及び負担が女性に偏っており、両性の本質的平等を定めた憲法第24条にも反する状態となっている。
当連合会は、1992年10月17日付け「選択的夫婦別氏を求める宣言」において、夫婦同氏の強制が、男女不平等を助長しているという点および人格権たる氏名権を侵害するという点から問題があり、世界の国々においても氏選択の権利を尊重するため法改正がなされていることを指摘し、当事者の意思により夫婦別氏と夫婦同氏との選択が可能となるよう民法第750条の規定を改正することを求めている。
しかし、国は、1996年2月に法制審議会が選択的夫婦別姓制度を導入する「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申したにもかかわらず、今日に至るまで一度も法案提出をおこなわず、国会での法案審議すらしていない。その間、国連女性差別撤廃委員会から、三度にわたり、女性が婚姻前の姓を保持することを可能にする法整備を行うよう勧告を受けている。現在、もはや世界において現在夫婦同姓を法律で強制している国は、日本だけとなっている。
旧姓を通称使用しても、金融機関との取引や海外渡航の際の本人確認、公的機関・企業とのやり取り等において多くの困難に直面し、精神的苦痛や実害を受けている現実がある。また、通称使用においては、自身の生来の姓である「本来の姓」が、戸籍姓に準じるものとして扱われるに過ぎず、本来の姓を堂々と名乗って活動が出来ないという精神的苦痛が継続する。決して通称使用が認められることで人権侵害の状態が解消されるわけではない。
最高裁判所は、民法第750条について違憲判決を下してはいないが、判決の内容は決して選択的夫婦別姓制度の導入を否定したものではなく、むしろ国会での議論を促すものである。
そして、今日の世論や情勢をみるに、官民の調査において選択的夫婦別姓制度の導入に賛同する意見が高い割合を占め、多くの地方議会においても、同制度の導入を求める意見書が採択されている。
本年3月8日には、公益社団法人経済同友会が、選択的夫婦別姓制度の早期実現に向けた要望を公表し、6月18日には、一般社団法人日本経済団体連合会が選択的夫婦別姓制度の早期導入を求める提言を公表するなど、経済界も、明確に選択的夫婦別姓制度の導入を求める声をあげるに至っている。
当連合会は、国に対し、速やかに夫婦同姓の強制を定める民法第750条を改正し、選択的夫婦別姓制度を導入するよう強く求めるものである。
以上のとおり決議する。
2024年(令和6年)10月18日
中 部 弁 護 士 会 連 合 会
提 案 理 由
第1 はじめに
民法第750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めて、全ての夫婦に対し、婚姻に際していずれか一方が改姓して夫婦が同姓となることを義務づけており、婚姻前の姓を維持したまま婚姻することは出来ない(夫婦同姓制度)。
したがって、法律婚をするためには、たとえ双方ともに自己の姓を維持したいと希望していたとしても、いずれか一方が意に反する改姓を余儀なくされ、双方が姓を維持するためには、法律上の婚姻を諦めるという選択肢しかない。しかし、法律上の婚姻をせず事実婚を選択した場合、法律上の婚姻制度による法的効果を享受することが出来ないことになる。
当連合会は、1992年10月17日に、「選択的夫婦別氏を求める宣言」を採択しているが、その中で、夫婦同氏の強制が、男女不平等を助長しているという点および人格権たる氏名権を侵害するという点から問題があり、世界の国々においても氏選択の権利を尊重するため法改正がなされていること等を指摘し、民法第750条の規定を改正することを求めている。
そして、1996年には法務大臣の諮問機関である法制審議会が選択的夫婦別氏制度を導入する「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申したが、今日に至るまで一度も法案提出すらされず、選択的夫婦別姓制度を導入が実現されないまま、既に四半世紀以上が経過している。
第2 民法第750条が憲法に違反していること
1 憲法第13条違反
そもそも氏名は、「人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成する」(1988年2月16日最高裁判決)ものであり、生まれたときから婚姻のときまで氏名を継続して使用していることにより、その人の人格に密接に結びつくばかりではなく、社会活動における信用とも大きく関わってくる。
重要性に鑑みれば、意に反して氏名の強制をされない自由もまた、人格権の重要な一内容として憲法第13条によって保障される。
夫婦同姓を義務づける民法第750条は、婚姻に際して姓を変更したくない人の意に反して改姓を強制し、氏名の変更を強制されない自由を不当に制限するものであり、憲法第13条に反する。婚姻の際に、意に反して改姓をよぎなくされた者は、自分自身を失った感じや人格を否定されたような苦痛を感じたり、社会的経済的不利益を被ることによる精神的苦痛を受け続けることになり、この点において人格権侵害が継続することになる。
また、婚姻するかしないか等を決定することは、個人が自律的に生存するために最も重要で本質的な権利の一つである。したがって婚姻の自由は憲法第13条の自己決定権として保障されるものであり、夫婦が同姓にならなければ婚姻できないとすることは、この婚姻の自由を不当に制限するものである。
2 憲法第14条違反
婚姻に際して配偶者と同姓の夫婦となるか別姓の夫婦となるかについては夫婦の在り方を含む個人の生き方に関わる問題であり憲法第14条第一項後段の「信条」に当たる。
双方ともに婚姻前の姓を維持したまま夫婦となろうとすれば、その生き方や信条に反して夫婦同姓を選択しない限りは法律上の婚姻ができない。その結果、婚姻の法的効果を享受できず、この点において差別的取扱いがあるが、合理的根拠に基づく差別的取扱いであるとはいえない。
したがって、夫婦同姓を義務づける民法第750条は、憲法第14条に反する。
3 憲法第24条違反
憲法第24条第1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定め、同条第2項は、「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」として、婚姻における人格的自律権の尊重と両性の本質的平等を定めている。
民法第750条は、婚姻に「両性の合意」以外の要件を不当に加重し、当事者の自立的な意思決定に不合理な制約を課すものである。
また、本来平等であるべき夫婦の一方のみが改姓を強制されることは、その当事者間に不平等が形成されることになる。民法第750条は、確かに形式的には男女平等な規定となっているが、同法施行後現在に至るまで、改姓をしてきたのは常に約95%以上の割合で女性であった。このため、改姓による不利益は、ほとんどの場合女性が受けることとなっている。
したがって、民法第750条は、憲法第24条に違反する。
第3 国際的な流れ
1 女性差別撤廃条約
女性差別撤廃条約(1979年採択、1985年批准)は、第16条第1項(g)において、婚姻及び家族関係における差別の撤廃を締約国に義務づけ、撤廃すべき具体的な差別として、「夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)」と明記している。
また、国連女性差別撤廃委員会は、1994年に採択した一般勧告21において、「各パートナーは、共同体における個性及びアイデンティティーを保持し、社会の他の構成員と自己を区別するために、自己の姓を選択する権利を有するべきである。法もしくは慣習により、婚姻もしくはその解消に際して自己の姓の変更を強制される場合には、女性はこれらの権利を否定されている」と述べている。
同委員会は、日本政府に対し、2003年、2009年、2016年の3回にわたり、夫婦同姓を強制する現行制度について勧告を発出し、2018年には、「既婚女性が婚姻前の姓を保持することを可能にする法整備を行うこと」について、書面による情報を提供するよう日本政府に要請している。
2 自由権規約
自由権規約(1966年採択、1979年批准)は、第3条において規約上の権利の享有に関する男女の同等の権利を規定し、第23条第4項において婚姻中及び婚姻の解消の際における配偶者の権利の平等について規定する。
国連自由権規約委員会は、1990年には第23条(家族)に関する一般的意見19において、「7婚姻にかかる平等に関し、・・・各配偶者が自己の婚姻前の姓を保持する権利又は平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利は保障されるべきである」とし、2000年には、第3条(両性の平等)に関する一般的意見28において、「第23条第4項の義務を果たすために、締約国は、・・・夫妻の婚姻前の氏の使用を保持し、又は新しい氏を選択する場合に対等の立場で決定する配偶者各自の権利に関して性別の違いに基づく差別が起きないことを確実にしなければならない」とした。婚姻に際して旧姓を維持するための法改正をするよう勧告を受けている。
3 以前は、夫婦同姓を強制する国が日本以外にもあったが、別姓のままの法律婚を認めたり、旧姓をミドルネームとする混合姓を法的に認めたりするなど、諸外国では法改正が進み、現在、夫婦同姓を法律で強制する国は、日本だけとなっている。
第4 最高裁の判断
最高裁は、2015年12月16日の判決や2021年6月23日の決定で、民法第750条を憲法に違反するとはしなかったものの、これらの判断は、選択的夫婦別姓制度の導入を否定したものではない。
2015年最高裁判決は、その多数意見において、婚姻に伴う改姓が女性に対して特に不利益を生じさせていることを認め、選択的夫婦別姓制度の導入については、これを否定せず、「国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」として、国会での議論を促した。
2021年最高裁決定も、「夫婦の氏についてどのような制度を採るのが立法政策として相当かという問題と、夫婦同氏制を定める現行法の規定が憲法第24条に違反して無効か否かという憲法適合性の審査の問題とは、次元を異にするものである」として、2015年判決と同様に国会での議論を求めた。
このように繰り返し最高裁から議論を求められているにもかかわらず、国会は、2015年最高裁判決からみても約9年にわたり、夫婦の氏についてどのような制度を採るかについて議論しておらず、立法不作為ともいえる状況に至っている。
第5 いわゆる通称使用には限界があること
通称は、あくまでも「通称」であり、戸籍制度に基づく法律上の氏名ではないことから限界がある。確かにマイナンバーカード、運転免許証、住民票、パスポートなどへの旧姓の併記が実現しているが、「通称」での金融機関との取引や携帯電話契約、国際航空券の購入、出入国などは、非常に厳しく制限されており、国際的には、マネーロンダリング、テロ資金供与等の対策の観点から厳格な本人確認が求められており、「通称」での金融機関の取引や携帯電話の契約、国際航空券の購入、出入国などは、厳しく制限されている。納税や登記(会社設立・役員就任、不動産取引)など、社会経済活動の基礎となる重要な場面で、旧姓の併記が認められたものの、通称名との同一性の証明のために。本来であれば不要な個人情報の開示を余儀なくされ、それ自体が精神的苦痛を伴うものである。
仕事や研究等で築いた信用や評価を損ない、キャリアが断絶されてしまうなどの不利益も深刻である。
また、今でも通称使用を職場や親族に認めてもらうことの困難さに悩む人は多い。「通称」使用が認められても、社会・経済活動や日常生活において多大な不利益を被る可能性があることにかわりは無い。
そもそも、通称使用の姓は、自身の生来の姓である「本来の姓」であるにもかかわらず、戸籍姓に準じるものとしてしか扱われず、通称使用をしている限り、本来の姓を堂々と名乗って活動することが出来ないという精神的苦痛が継続する。また、同一性の証明の困難や使い分けの煩雑さといった不都合による精神的苦痛も続く。
このような限界のある通称使用を拡大しても、最終的な解決にはならないものである。
第6 社会の状況
官民の各種世論調査においても、選択的夫婦別姓制度を導入することに賛同する意見が高い割合を占め、反対の意見の割合を上回っている。
例えば、2023年の国立社会保障・人口問題研究所「社会保障・人口基本調査第7回全国家庭動向調査」では60歳未満の回答者における賛成割合が単身女性(未婚)で85.3%、離別女性で78.5%、有配偶者女性で71.4%、単身男性(未婚)でも61%となっている。
また、地方議会においても、選択的夫婦別姓制度の導入や議論の促進を求める意見書の採択が、令和6年7月4日時点の累計数で403件となっており、選択的夫婦別姓制度の導入を求める地方議会の決議が急速に増えている。
さらに、本年3月8日に、公益社団法人経済同友会が、夫婦が自らの意志で姓を選択できる選択的夫婦別姓の早期実現について賛同を表明し、6月18日に一般社団法人日本経済団体連合会が、夫婦同姓制度(民法第750条)を改め、希望すれば、不自由なく、自らの姓を自身で選択することができる制度を早期に実現すべく、提言「選択肢のある社会の実現を目指して〜女性活躍に対する制度の壁を乗り越える」を発表するなど、複数の経済団体等からも、選択的夫婦別姓制度の導入の切実な要望が出されている。
第7 結語
以上から、当連合会は、国に対し、速やかに夫婦同姓の強制を定める民法第750条を改正し、選択的夫婦別姓制度を導入するよう求める次第である。
以上