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民主主義の実質化に向けた活動に関する宣言

―学校現場における法教育と主権者教育の更なる充実を目指して―

1 2003年宣言及び2010年宣言
 2003(平成15)年10月3日、私たち中部弁護士会連合会は「子どもが学ぶ法の精神」に関する宣言を採択し、「人が人を大切にする心」、「自分をも他人をも尊重する心」を「法の精神」と位置づけ、子どもたちが「法の精神」を自ら学ぶことを支援する「新しい法教育」への挑戦を宣言しました。また、2010(平成22)年10月15日には、高等学校の新学習指導要領において「幸福・正義・公正」といった法の原則や価値の理解が求められるようになったことを踏まえて、「新しい法教育」への挑戦を継続することを改めて宣言しました。


2 民主的な社会における主権者教育の重要性と「新しい法教育」
 2015(平成27)年6月17日に公職の選挙の選挙権を有する者の年齢を満18歳以上に引き下げる法律が成立したことを踏まえて、高等学校に必履修科目「公共」が新設され、学校現場で「主権者教育」が始まろうとしています。これに伴い文部科学省が同年10月29日に発した通知(27文科初第933号)には、「生徒が自分の意見を持ちながら、異なる意見や対立する意見を理解し、議論を交わすことを通して、自分の意見を批判的に検討し、吟味していくことが重要である」、「一つの結論を出すよりも結論に至るまでの冷静で理性的な議論の過程が重要であることを理解させる」との記述があります。このように、理性的な議論を通じて自他の違いを認識し、自他を互いに尊重することは、民主主義を選挙の際の投票行動だけに終わらせずに「誰もが暮らしやすい社会」を築いていくための手段として実質化するために極めて重要です。また、このような態度こそ、私たちが「新しい法教育」への挑戦を通じて子どもたちの主体的な学びを支援しようとしている「法の精神」に他なりません。


3 学校現場の悩みと弁護士による支援の重要性
 他方、この文部科学省通知は、教員に対しては「公正かつ中立な立場で生徒を指導すること」を求め、学校に対しては、学校内外における生徒の政治的活動を制限又は禁止する措置に言及しています。そのため、学校現場には、政治的論争問題を授業で扱うことに対する不安感や、「一つの結論を出す」のではなく「理性的な議論の過程」を重視する授業方法に対する戸惑いが見られます。だからこそ、民主主義を実質化するための主権者教育においては、理性的な議論を職能とする私たち弁護士の支援が重要です。例えば、愛知県弁護士会が従来から行ってきた複数の弁護士を派遣する授業では、複数の弁護士が個人の尊厳を中核とする立憲主義的な価値体系の範囲内で敢えて全く異なる政治的意見を述べることによって、教員の政治的な中立性を保ちつつ、子どもたちが「異なる意見や対立する意見を理解し、議論を交わすこと」を効果的に支援することができます。


4 私たちは宣言します。
 私たちは、これまでの「新しい法教育」への挑戦を通じて得た経験を活かして、次の諸活動を通じて学校現場における主権者教育の充実に貢献し、教育基本法の目的である「平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質」を育むことを通じて民主主義の実質化に寄与することを宣言します。

  • (1)民主主義を実質化するための「公共」の教育実践及び「公共」に接続するための小・中学校における法教育実践のありかたの継続的な研究
  • (2)出前授業やゲスト・ティーチャー派遣を通じた「公共」の授業実践及び「公共」に接続するための小・中学校における法教育実践の支援
  • (3)教育関係者や研究者との連携・協働の一層の強化
  • (4)単位弁護士会相互間での経験交流を通じた教材やノウハウの共有

以上



2021年(令和3年)10月29日

中部弁護士会連合会



提 案 理 由


1 2003(平成15)年10月3日、私たち中部弁護士会連合会は「子どもが学ぶ法の精神」に関する宣言(副題:新しい法教育への挑戦)を行い、2010(平成22)年10月15日に再び「子どもが学ぶ法の精神」に関する宣言(副題:法教育の理論と実践の架橋)を行いました。私たちは、この両宣言において、「人が人を大切にする心、自分をも他人をも尊重する心」を「法の精神」と位置づけて、細かな法律知識の習得ではなく、問題に対する解決策を主体的に考え判断する力を身につけることを「新しい法教育」と呼び、その学校現場での実践に対し協力を惜しまないことを宣言したのです。


2 小学校から高等学校にわたって平成23年から25年にかけて実施された現行学習指導要領では、「幸福・公正・正義」といった法の原則や価値を理解させ、これらの視点で地域や社会の諸問題を考えさせることが求められました。このことは、私たちが目指す「新しい法教育」の学校現場での実践に向け強い追い風になることが期待されました。しかし、実際に多くの学校現場で「法教育」として実践された模擬裁判や「ルールづくり」の授業では、自分の意見を積極的に述べることは重視されたものの、自分とは考えや価値観が異なる他者の意見に十分に耳を傾け、その根拠となっている事実や論理を吟味したり、「幸福・正義・公正」といった法的価値に照らして説得したりされたりする活動が十分に行われてきたとは言えません。このような事実と論理と法的価値に基づく議論は法律家の基本的職能ですが、学校教員にとっては必ずしも指導が容易でないこともあり、ここに私たち法律家が「新しい法教育」の実践を支援する必要性がありました。


3 公職の選挙の選挙権を有する者の年齢が満18歳以上に引き下げられたことを踏まえて、高等学校に必履修科目「公共」を新設した新学習指導要領が令和4年4月1日から実施されることになっています。その目標は「人間と社会の在り方についての見方・考え方を働かせ,現代の諸課題を追究したり解決したりする活動を通して,広い視野に立ち・・・公民としての資質・能力を・・・育成することを目指す」こととされており、新学習指導要領の「解説」(高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説「公民編」)は「人間と社会の在り方についての見方・考え方」を働かせる際に着目する視点として現行学習指導要領と同様に「幸福・正義・公正」を挙げています。また、文部科学省が平成27年10月29日に発した通知(27文科初第933号)においても、「生徒が自分の意見を持ちながら、異なる意見や対立する意見を理解し、議論を交わすことを通して、自分の意見を批判的に検討し、吟味していくこと」の重要性が強調されています。つまり、民主主義を選挙の際の投票行動だけに終わらせずに「誰もが暮らしやすい社会」を築いていくための手段として実質化することが目指されているのであって、これらを文字どおりに受け止めれば、高等学校で新しく始まろうとしている主権者教育は、まさに私たちが推進しようとしてきた「新しい法教育」の理念に合致していると言えるでしょう。
 なお、このような考え方は単に高等学校「公共」においてのみ求められているものではなく、小学校や中学校においても「公共」に接続するための授業実践が求められています。例えば、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説「社会編」では「「多様な見解のある事柄,未確定な事柄」については,一つの意見が絶対的に正しく,他の意見は誤りであると断定することは困難であり,・・・一つの結論を出すこと以上に話合いの過程が大切であることを踏まえ,・・・児童が多角的に考えたり,事実を客観的に捉え,公正に判断したりできるようにすることが必要である」とされていますし(145頁)、中学校学習指導要領(平成29年告示)解説「社会編」においても「とりわけ政治においては自分の意見をもちながら議論を交わし合意形成を図っていくことが重要であるから,公民的分野のみならず,地理的分野及び歴史的分野の学習においても,一つの結論を出すよりも結論に至るまでの冷静で理性的な議論の過程が大切であることを理解できるように指導」することとされています(179頁)。


4 ところが、新学習指導要領の実施を見越して学校現場で試みられている「主権者教育」の授業の多くは模擬投票であって、候補者らが訴える政策を聞き比べて実際に投票行動を行ってみるという政治参加への意識づけは重視されているものの、自分とは意見が異なる他者と議論して政策の根拠となっている事実や論理を吟味したり、政策の優劣を「幸福・正義・公正」といった法的価値に照らして判断したりするという営みが十分に行われているとは言えません。中には、公職選挙法の細かなルールを知識として教え込む授業さえ見受けられます。さらに、文部科学省は、一方では議論の重要性を強調しつつ、前記の通知において、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育が禁止されていることを強調し、教員の言動が生徒の人格形成に与える影響が極めて大きいことに留意するよう求めていますし、実際にも、昨今のSNSにおける誹謗中傷問題に見られるように、自らの意見と異なる意見や考え方に対して保護者等が感情的な拒否反応や攻撃反応を示すケースも見受けられ、学校現場には、現実の政治的な論争問題を授業で扱ったり、その際に教員が何らかの意見を述べたりすることに対する不安感や萎縮が生じています(この点、英国やドイツにおいては、異なる意見があることを明示すれば教員が自分の意見を述べても問題がないとされています)。


5 法律家が主権者教育を支援することには、このような教員の不安感や萎縮を打開する効用があります。例えば、愛知県弁護士会が従来から法教育授業において行ってきたように、授業に関与する複数の弁護士が個人の尊厳を中核とする立憲主義的 な価値体系の範囲内で敢えて全く異なる政治的意見を生徒の前で述べることにより、 教員の政治的中立性を保つことができます。「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育」が禁止されているとは言っても、無色透明の政治的意見など有り得ません。しかし、全く異なる政治的意見及びその論拠を子どもたちが聞いて自分の頭で考え始めれば、まさに「異なる意見や対立する意見を理解し、議論を交わすこと」を効果的に支援することになります。また、議論の根拠となっている事実や論理を吟味したり、政策の優劣を「幸福・正義・公正」といった法的価値に照らして判断したりすることは、法律家の基礎的な職能であり、これを活かして授業を支援することの有効性は、これまでの「新しい法教育」の実践を支援する活動を通じて十分に確認されてきました。そこで、私たちは、子どもたちが民主的な社会を支える主体的な思考・判断能力を身につけることを支援し、ひいては我が国の民主主義の実質化に寄与するために、次の諸活動を行うことを宣言します。


  • (1)民主主義を実質化するための「公共」の教育実践及び「公共」に接続するための小・中学校における法教育実践のありかたの継続的な研究
  • (2)出前授業やゲスト・ティーチャー派遣を通じた「公共」の授業実践及び「公共」に接続するための小・中学校における法教育実践の支援
  • (3)教育関係者や研究者との連携・協働の一層の強化
  • (4)単位弁護士会相互間での経験交流を通じた教材やノウハウの共有

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