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適正かつ迅速な民事裁判をめざす宣言

現行の民事訴訟法(平成8年法律第109号・1998年(平成10年)1月1日施行)は本年で施行20年を迎えた。同法は,民事裁判を国民に利用しやすく,分かりやすいものとし,もって適正かつ迅速な裁判の実現を図ることを目的としたものである。

ところが,民事裁判(過払金事件を除く。)は,2007年(平成19年)を境に長期化する傾向にある。

2016年(平成28年)に実施された民事裁判の利用者調査によれば,利用者が民事裁判に躊躇を感じた理由のトップは時間がかかることであった。

そして,様々な分野におけるIT化やAIの出現などによって急激な変化を遂げつつある現代社会の状況からすれば,民事裁判の長期化傾向によって,民事裁判は今後紛争解決手段として利用されなくなり,司法は社会のニーズに応えることができなくなっていくといわざるを得ない。

民事裁判の長期化の原因は,事件が複雑化していることも関係しているとはいえ,期日に向けての代理人の準備不足,裁判官の準備不足,争点整理に対する代理人の受動的姿勢,裁判官の消極的姿勢,争点整理手続の相当数が準備書面等の提出と期日の指定に終わり,争点整理のための期日が形骸化して徒に回数のみが増加していること,準備期間がそれほど必要でないと思われる場合においても,書面の提出まで準備に1か月必要であるとして期日指定がなされていること,裁判の終了までの時間を明確に意識して計画的に裁判手続を進めている代理人・裁判官が少数であることなどにあるものと考えられる。

しかしながら,そもそも弁護士は基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命に基づき,誠実にその職務を行い,社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない(弁護士法1条)。従って,弁護士は紛争に巻き込まれた市民が適正かつ迅速に権利を実現できるように法律制度である民事裁判の運用状況を改善し,適正な民事裁判の運営慣行を作り出す責務がある。

こうした中,内閣官房に「裁判手続等のIT化検討会」が発足し,本年3月30日,「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ−『3つのe』の実現に向けて−」がまとめられた。市民が求める適正かつ迅速な民事裁判を実現するためには,裁判の公開,直接主義,弁論主義等の民事裁判の諸原則との整合性を堅持しつつ,民事裁判を市民に利用しやすくするという観点から裁判手続等のIT化にも積極的に取り組むべきである。

そこで,中部弁護士会連合会は,以下のとおり宣言する。

1.弁護士は,市民が適正かつ迅速に権利を実現することができるように弁護士としての意識改革,業務体制の改革に努め,裁判の終了までの時間を明確に意識して計画的に訴訟活動を行い,可能な限り主張及び証拠を早期に提出して,期日に向けて十分な準備を行い,裁判官と共に,争点を明確にするために弁論準備手続期日等において積極的に口頭の議論を行って期日の充実を図り,可能な限り期日の間隔を短縮することに努めるなどして適正かつ迅速な民事裁判を実現していく。

2.弁護士会は,個々の弁護士が個々の裁判において上記の責務を十分に果たすことができるよう,民事裁判の改善のための研修を実施すると共に,裁判所との民事裁判手続についての協議を活発にして,裁判所と協働して充実した期日運営の確立及び適正・迅速な民事裁判のためのルール作りを目指し,適正かつ迅速な民事裁判を実現することに最善を尽くす。

3.弁護士会は,市民が求める適正かつ迅速な民事裁判の実現のために,ITの利用が困難な者を含めた全ての市民の裁判を受ける権利を確保し,裁判の公開,直接主義,弁論主義等の諸原則との整合性を堅持しつつ,民事裁判を市民に利用しやすくするという観点から,安心・安全な情報セキュリティ対策を前提とした裁判手続等のIT化にも積極的に取り組む。




2018(平成30)年10月19日

中部弁護士会連合会



提 案 理 由


1 現行民事訴訟法が目指す適正・迅速な裁判

1996年(平成8年)に成立し,1998年(平成10年)1月1日から施行された現行の民事訴訟法(平成8年法律第109号)は本年で施行20年を迎えた。

同法は,民事裁判を国民に利用しやすく,分かりやすいものとし,もって適正かつ迅速な裁判の実現を図ることを目的として,旧民事訴訟法を全面的に改めて制定されたものである。

そして,迅速な裁判の実現に関しては,裁判の迅速化に関する法律(平成15年法律第107号)が2003年(平成15年)に制定された。この法律については,迅速化を強調するあまり,裁判の適正や充実がおろそかにならないよう配慮すべきであり,そのためには裁判官の増員をはじめとする裁判所の人的物的基盤の整備,充実を強力に推し進める必要があるとの意見も日本弁護士連合会から発表されている。

もちろん,裁判の適正や充実を欠いた迅速化は認められるべきものではないが,同法においては,迅速化に向けた当事者・代理人の責務のほか,裁判所や日本弁護士連合会の責務も規定されていることに留意すべきである。


2 現在の民事裁判の停滞状況

現行民事訴訟法が施行された1998年(平成10年)前後においては,裁判官から詳細な争点整理案が提示されることも少なくなく,代理人である弁護士からも争点整理案が提示されることもあった。しかし,現在においては裁判官から詳細な争点整理案を提示されることはほとんどなくなっており,代理人である弁護士から争点整理案が提示されることは皆無に近い状況となっている。

2017年(平成29年)に名古屋地方裁判所民事部及び愛知県弁護士会が共同で行ったアンケート及び2018年(平成30年)に当連合会で行った管内(愛知県弁護士会を除く。)の弁護士及び各地方裁判所(名古屋地方裁判所を除く。)所属の裁判官を対象に行ったアンケート(以下,併せて「本アンケート」という。)への回答においても,主張対照表や争点整理といったツールの利用頻度について,担当事件の10%未満との回答が代理人においては5割半ば、裁判官においては5割弱といずれも最多であり,全く利用がない及び10〜30%との回答まで含めると,9割以上となっている。

そして,過払金事件以外の民事裁判の平均審理期間が2007年(平成19年)に8.1か月と最も短縮化された以降は,2015年(平成27年)の9.3か月まで審理期間は一貫して長期化してきている(但し,2016年(平成28年)は8.8か月となって審理期間が短縮された)。

これは,2008年(平成20年)以降,過払金事件以外の民事裁判の平均期日間隔(月)は1.8か月程度と変わっていないのに対し,2008年以降,平均争点整理期日回数が増加していることが原因であると考えられる(2008年−1.8回,2010年−2.3回,2012年−2.6回,2014年−2.9回,2016年−3.0回)。

争点整理は,裁判所と当事者との間で主要な争点や重要な証拠について認識を共有することにより,攻撃防御を当該争点に集中させ,必要な人証を集中して調べることで,充実した審理を迅速に行うためのものであるところ,最高裁判所は,争点整理期間が長期化している状況からは,このような認識共有の作業が必ずしも円滑に行われていないことがうかがわれると分析している(2017年7月「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書」67頁)。そして,同報告書において,裁判所と当事者との間の認識共有を阻害する要因として,裁判官の争点整理に対する消極的姿勢,本人に対する代理人の影響力の低下,争点整理に対する代理人の受動的姿勢,代理人及び裁判官の準備不足から弁論準備手続での口頭の議論の活性化が図られていないことなどが挙げられている。本アンケートへの回答においても,争点整理早期化を阻害している要因として,代理人の姿勢,裁判官の姿勢(リーダーシップ)を挙げた回答が,代理人・裁判官の双方で多数を占める結果となっている。

また,裁判官からは,代理人の質の変化として,近年,若手弁護士の増加や代理人と依頼者との関係の変化等を背景に,十分なスキルを有しない代理人が,準備不足のまま訴えを提起し,あるいは争点整理手続に臨んだり,依頼者の意向のままに裁判活動を展開し,争点整理にも非協力的な態度を示すという傾向が強まっているように感じられるとの感想が述べられている(「裁判官からみた審理の充実と促進」武藤貴明・論究ジュリスト2018・NO.24・17頁)。


3 民事裁判の利用者の意識

民事訴訟制度研究会が2016年(平成28年)に実施した民事裁判の法人の担当者を含めた利用者調査によれば,民事裁判の利用者が民事裁判に躊躇を感じた理由のトップは「時間」(78.4%)である。この調査は,2000年(平成12年)に司法制度改革審議会が実施して以降2006年(平成18年),2011年(平成23年)と継続して行われてきたものであるが,2000年(平成12年)の調査結果について,民事裁判の利用者は,1年を超えて1年半近くなると長すぎるという評価を下す傾向がある旨の分析がなされている([座談会]「民事裁判利用者実態調査の分析」(菅原教授の発言)ジュリ1250号77頁)。そして,利用者が民事裁判を「長い」(「長すぎる」と「やや長い」の合計)と評価する割合は,2000年の調査では35.9%,2006年の調査では41.5%,2011年の調査では44.2%,2016年の調査では49.6%と調査の度に増加しており,2016年の調査では利用者の半数が民事裁判を長いと感じている。この点,人証調べを実施した事件の平均審理期間は年々長期化しており,2016年(平成28年)には1年8か月を超えるに至っている(20.6か月)。

民事裁判利用者は,裁判が1年を超えて1年半近くなると「長すぎる」という評価を下す傾向があり,その半数が民事裁判を長いと感じ,民事裁判に躊躇を感じた理由のトップが「時間」であることに加え,様々な分野におけるIT化やAIの出現などによって急激な変化を遂げつつある現代社会の状況からすれば,民事裁判の長期化傾向によって,民事裁判は今後紛争解決手段として利用されなくなり,司法は社会のニーズに応えることができなくなっていくといわざるを得ない。


4 弁護士の責務

弁護士は,基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命に基づき,誠実にその職務を行い,社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない(弁護士法1条)。従って、弁護士は紛争に巻き込まれた市民が適切かつ迅速に権利を実現できるように法律制度である民事裁判の運用状況を改善し,適正な民事裁判の運営慣行を作り出す責務がある。


5 弁護士・弁護士会が今実践すべきこと

(1)日本弁護士連合会による民事裁判の運用の改善活動

日本弁護士連合会は,2011年(平成23年)5月27日の第62回定期総会において「民事司法改革と司法基盤整備の推進に関する決議」を採択した。同決議は,「市民のための司法」,市民にとってより利用しやすく,わかりやすく,頼りがいのある司法とすることを目指すという民事司法改革に対応するため,弁護士自身の意識改革,業務体制の改革に努めることも決議している。

そして,その提案理由において,弁論準備手続を中心とする争点整理手続が形骸化している(書面のやり取りと次回期日の設定だけに終わっている。)例が多数報告されているとし,現在の民事裁判制度の運用について,民事訴訟法大改正時の所期の理念を改めて確認し,その検証と改善を図るべきであり,現在,多くの弁護士会において行っている民事裁判の運用についての裁判所との協議等の取り組みを今後も継続し,実務レベルでの運用の充実及び改善を図っていくべきであるとしている。

 

同決議に基づき,2011年(平成23年)7月に民事司法改革を強力に推進する組織として,民事司法改革推進本部(2017年(平成29年)6月に「民事司法改革総合推進本部」に名称を変更)が設置され,同本部は,2012年(平成24年)2月17日に民事司法改革のグランドデザインを策定した(同グランドデザインは,2013年(平成25年)10月22日,2018年(平成30年)1月19日に改訂された。)。

しかし,前記のとおり,上記の決議がなされた2011年からも過払金事件以外の民事裁判は長期化傾向にあり,上記の決議やグランドデザインの策定によっても裁判の長期化傾向は変わらなかった。


(2)弁護士・弁護士会が今実践すべきこと

我々弁護士には,市民が適切かつ迅速に権利を実現することができるように民事裁判の運用状況を改善する責務がある。

弁護士は,その責務に基づいて,弁護士としての意識改革,業務体制の改革に努め,裁判の終了までの時間を明確に意識して計画的に訴訟活動に行い,可能な限り主張及び証拠を早期に提出して,期日に向けて十分な準備を行い,裁判官と共に,争点を明確にするために弁論準備手続期日等において積極的に口頭の議論を行って期日の充実を図り,可能な限り期日の間隔を短縮することに努めるなどして適正かつ迅速な裁判を実現していかなければならない。

また,弁護士会は,個々の弁護士が個々の裁判において上記の責務を十分に果たすことができるよう,民事裁判の改善のための研修を実施すると共に,裁判所との民事裁判手続についての協議を活発にして,裁判所と協働して充実した期日運営の確立及び適正・迅速な民事裁判のためのルール作りを目指し,適正かつ迅速な民事裁判を実現することに最善を尽くさなければならない。


(3)裁判手続等のIT化への対応

2017年(平成29年)6月9日に閣議決定された「未来投資戦略2017」では,「迅速かつ効率的な裁判の実現を図るため,諸外国の状況も踏まえ,裁判における手続保障や情報セキュリティ面を含む総合的な観点から,関係機関等の協力を得て利用者目線で裁判にかかる手続等のIT化を推進する方策について速やかに検討し,本年度中に結論を得る。」とされ,これを受けて,同年10月30日に内閣官房に「裁判手続等のIT化検討会」が発足し,本年3月30日に「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ−『3つのe』の実現に向けて−」がまとめられた(以下,「取りまとめ」という。)。

日本弁護士連合会は,同日会長談話を公表し,「取りまとめ」によって示された裁判手続等のIT化に向けた基本的方向性に賛同するとともに,裁判の公開,直接主義,弁論主義等の民事裁判の諸原則との整合性を図ること,ITの利用が困難な者に対する支援措置の検討を進めること,地域の実情をも踏まえ全ての人にとって利用しやすい制度を構築しなければならないこと,国に対してこの制度・システム構築のために十分な予算措置を別途講ずることを求め,今後,最高裁判所,法務省等の関係機関と協議を重ね,裁判手続等のIT化の取組を迅速かつ積極的に行っていくとしている。

上記の民事司法改革のグランドデザインも,「司法手続の電子化は,訴訟当事者や代理人の作業を効率化させ,国民の司法アクセスに資するとともに,司法コストの削減を期待できる。裁判をより充実させ,適正,迅速に行うために,電子的手段のさらなる導入とその利用の拡大に向けた取組を行うべきである。」としている。

当連合会及び弁護士会も,市民が求める適正かつ迅速な民事裁判の実現のために,ITの利用が困難な者を含めた全ての市民の裁判を受ける権利を確保し,裁判の公開,直接主義,弁論主義等の民事裁判の諸原則との整合性を堅持しつつ,民事裁判を市民に利用しやすくするという観点から,安心・安全な情報セキュリティ対策を前提とした裁判手続等のIT化にも積極的に取り組むべきである。


6 結語

そこで,冒頭のとおり宣言する。


以上

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