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科学的専門性に対する司法の積極的な取組みに関する宣言

 我が国の原子力発電所については、その安全性をめぐって多数の裁判が行われてきたが、福島第一原発事故の発生とこれによる甚大な被害を食い止めることはできず、人権保障の最後の砦である司法の役割が問い直されていることから、以下のとおり宣言する。

1 司法全体の積極的取組み

 司法全体は、紛争の公正妥当な解決という国民の信頼に応えるため、科学的専門性に関わる困難な問題について、行政機関などの専門機関の判断を無批判に認め、難解な問題について判断を回避することなく、その専門的な内容に十分踏み込んで事案を解明するなど積極的に取り組むべきである。

2 裁判所の取組み

 裁判所は、科学的専門性に関わる困難な問題について、事案の解明度を高めるため、専門委員等科学的専門知識を備えたスタッフの積極的採用や活用など審理体制の強化に取り組むべきである。
 また、科学的専門性に関わる困難な問題については、専門知識や証拠が、一方当事者に偏在していることが多いことから、訴訟指揮において、当該当事者に事案解明の義務を課し、積極的な主張立証を促すべきである。
 さらに、深刻な人権侵害又はそのおそれがある場合には、人権保障及び実質的な当事者対等に配慮し、証明度の軽減、立証責任の転換など立証負担の軽減も検討されるべきである。
 特に、原子力発電所をめぐる行政訴訟及び民事訴訟においては、行政庁や事業者の膨大な立証や安全神話を安易に信頼し、行政庁の科学技術的裁量を広く認め、又は原子力発電所の危険性について住民側に過度の立証責任を課したため、行政庁や事業者の主張を追認するだけで、科学的専門性に踏み込んだ十分な審理が行われてこなかったことを真摯に反省し、事案解明のための訴訟指揮の強化、原告住民側の立証負担の軽減など審理方法の改善を図るべきである。

3 弁護士の取組み

弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現のため、特に、被害救済が必要な場合、科学的専門性に関わる困難な問題について、積極的に取り組む決意を新たにし、自己研さんに励むとともに、他の弁護士や各種専門家との連携を深め、さらに、裁判における主張立証活動においても創意工夫に努め、司法に対する国民の期待に応えるべきである。
また、証拠開示制度の拡充などの立法提言を積極的に行っていくべきである。


以上のとおり、宣言する。

2013(平成25)年10月18日

中部弁護士会連合会




提 案 理 由

1 問題意識

 東日本大震災に伴う福島第一原発事故は、付近住民及び我が国全体に対し、甚大な被害をもたらした。
我が国の原子力発電所については、これまで多数の行政訴訟及び民事訴訟が係属し、その中では、福島第一原発事故で実際に生起した問題が指摘されていたにもかかわらず、今回の事故を食い止めるような判断は示されなかった。
そのため、人権保障の最後の砦である司法の役割が問い直されている。

 2 司法と科学的専門性

 たとえば、原子力発電所に関する訴訟などは、典型的な科学裁判であり、科学的に高度で難解な問題が取り扱われる。
 しかし、司法権は、純粋な学問上・技術上の意見の優劣の判断には及ばないとされており、一定の限界がある。また、科学的な専門知識や証拠は、行政機関などの専門機関に偏在しており、かつ専門的知見がないとこれを理解することが困難である。
 そのため、我が国の司法は、科学的専門性に関わる困難な問題にとかく立ち入ることを回避する傾向があった。
 すなわち、行政機関などの専門機関の判断を無批判に認め、主張立証責任、裁量行為などの法技術的な手法を用いることによって、科学的専門性に関する判断を下すことなく、裁判の結論を導く例が多かった。
 しかし、このような手法が多用されることにより、判断の精度が落ち、裁判が、事案の実態から乖離し、結果として、深刻な人権侵害を防止又は救済できないおそれがあり、国民の司法に対する信頼が揺らぎかねない。
 そこで、司法は、科学的専門性に関わる困難な問題であっても、その専門性に臆することなく、その専門的な内容に十分踏み込んで事案を解明するなど積極的に取り組むべきである。

 3 裁判所の審理態度

 (1) 審理体制の強化

 裁判所は、科学的専門性に関わる困難な問題について、専門的知見を得て事案の解明度を高めるため、審理体制の強化に努めるべきである。
 具体的には、専門委員、専門家調停委員の活用、鑑定・検証の積極的な採用などにより、科学的専門性に十分踏み込んだ判断をするべきである。
 もっとも、審理体制の強化は、裁判所の独善を許すものではなく、当事者に反論反証の機会を十分に与えるべきことは言うまでもない。

 (2) 事案解明のための工夫(事案解明義務)

 科学的専門性に関わる困難な問題については、専門知識や証拠が、一方当事者(特に行政機関などの専門機関)に偏在していることが多い。
 そこで、当事者の実質的対等を確保しなければ、事案の解明が困難であるような一定の事案においては、立証責任を負っていないが、専門知識や証拠を保有する当事者に対し、事案解明のための協力義務を課すことを検討すべきである。具体的には、訴訟指揮権に基づいて経緯説明や資料提出を求め、文書提出命令を積極的に行使し、又は鑑定・検証の受忍を求めるなどが考えられる。
 また、当該当事者がこれに応じない場合には、当該当事者に不利な心証を形成することも検討されるべきである。

 (3) 立証負担の軽減

 しかし、科学にも限界があり、科学的専門性に踏み込んだ審理を尽くしても、争点について、確実な心証を得るに至らない場合、科学性を超えた判断が必要となる場合がある。
 すなわち、深刻な人権侵害又はそのおそれがある場合には、被害救済及び実質的な当事者対等に配慮し、証明度の軽減、立証責任の転換なども検討されるべきである。
 たとえば、公害訴訟における因果関係の疫学的立証などは、その例である。

4 原発訴訟の在り方

 原発訴訟の判断枠組みとしては、伊方原発1号炉の設置許可取消訴訟における最高裁判決(以下「伊方判決」という。)がある。
 伊方判決は、原子力発電所の安全性について、現在の科学技術水準に照らして判断すべきとした上、被告行政庁の側において、その判断に不合理な点がないことを相当の根拠・資料に基づいて主張立証する必要があり、被告行政庁が右主張立証を尽くさない場合には、その判断に不合理な点があることが事実上推認されると判示し、事実の解明に向けて、一定の方向性を示していた。
 しかし、従前の原発訴訟においては、行政庁や事業者の膨大な立証や安全神話に惑わされ、行政庁の科学技術的裁量を広く認め、又は原子力発電所の危険性について住民に過度の立証責任を課したため、科学技術的問題に十分に踏み込まずに、行政庁や事業者の主張を追認してきたといわざるを得ない。
 もっとも、そのような中でも、伊方判決の示した原発審理の方向性に沿って、積極的審理に取り組み、判断を示したもんじゅ差戻後の控訴審判決及び原告住民側の立証責任を軽減した志賀原発2号機差止め訴訟一審判決が存在したことに注目すべきであり、審理に取り組む姿勢、審理方法を、今後の原発訴訟に生かさなければならない。
 なお、福島第一原発事故の発生後、裁判所内部の研究会においても、原発関連訴訟に関する従来の判断枠組みや安全性審査に関する審査密度について、再検討がなされている。
 また、原子力規制委員会が新たに発足し、新規制基準も策定され、今後厳しい審査が予想されるとはいえ、再び福島第一原発事故のような重大な災害を絶対に発生させないため、今後の原発訴訟においては、@訴訟指揮を強化し、被告行政庁・事業者に対し、事案解明のための高度の義務を課し、検査・実験データの開示などを積極的に求めるとともに、A原告住民側については、新規制基準に準拠した部分的な立証責任(たとえば、活断層の有無の立証責任)の転換や、原発の危険性に関する証明度の軽減など立証負担の軽減が図られるべきである。

5 弁護士の活動

 弁護士が日常的に関与する法的紛争には、科学的専門性に関するものが少なくない。
 たとえば、公害環境紛争、医療紛争、建築紛争、製造物責任紛争、交通事故紛争などの民事紛争並びに責任能力、DNAなどの科学鑑定の当否が問題となる刑事事件などである。
 しかし、大半の弁護士は、専門分野に特化しておらず、かつ、組織的な支援も受け難いことから、科学的専門性に踏み込んだ証拠収集や主張立証を十分には行えず、国民の期待に十分応えられなかったという反省がある。
 そこで、まず、我々弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命を自覚し、特に、甚大な人権侵害又はそのおそれがある場合、その救済のため、科学的専門性に関わる困難な問題についても、積極的に取り組むという決意を新たにする。
 そして、弁護士会等が実施する各種研修に積極的に参加するなどして自己研さんに励み、弁護士会活動などを通じて他の弁護士との連携を深め、各種専門家とも交流して、レベルアップを図るとともに、科学的専門性に関わる困難な問題に対応した弁護士の組織的な対応についても検討していく必要がある。
 また、裁判における主張立証活動においても創意工夫に努め、司法に対する国民の期待に応えるべきである。
 さらに、科学的専門性に関わる困難な問題について、より実質的な審理を行うための方策として、民事訴訟法における文書提出命令、当事者照会制度の強化などの立法提言を積極的に行い、法律制度の改善に努力すべきである。

以上


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