中部弁護士会連合会


中弁連とは

中弁連からのお知らせ

リンク集

TOP

会員専用ページ

中弁連からのお知らせ

自由な社会を守るため、秘密保全法制定に反対する決議
提案理由

第1 はじめに

 政府が2010年12月に設置した「政府における情報保全に関する検討委員会」は、2011年1月から研究者等からなる「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」(以下、「有識者会議」という)を開催し、有識者会議は、2011年8月8日、「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(以下、「報告書」という)を公表した。この報告書は、国の安全、外交、公共の安全及び秩序の維持の3分野を対象とし、@特に秘匿を要するものを「特別秘密」として、情報公開の対象から外すとともに、A「特別秘密」の漏えい行為等を広く処罰し、B「特別秘密」を取り扱う者について、適格性審査の名の下にプライバシーに関わる広範な事項の調査権限を行政機関に認める、というもので、情報公開法や情報公開条例などの情報公開制度を形骸化させ、取材の自由を制約するおそれをもたらすばかりか、秘密保全の名の下、広く国民、市民を政府の監視下に置くものとなっている。そうであるにもかかわらず、検討委員会は、同年10月8日、有識者会議による報告書の内容に沿った秘密保全法を国会に提出すべく、法案化作業をすすめるとし、政府も立法化を表明している。
 しかし、報告書が公表された後になって、上記検討委員会および有識者会議のいずれにおいても議事録が作成されず、議事の録音もされていなかったことが明らかになった。報告書の内容自体、市民の自由に大きな制約を加えるという問題を有するだけでなく、重要な立法過程の情報を市民に公開しないまま、法案化の作業が進められてきたという点において、秘密保全法の立法化が、国民主権という日本国憲法の基本的原理に真っ向から対立することは明らかである。
以上の点から、我々は、秘密保全法の立法化を阻止することが憲法秩序の維持に極めて重要な課題と考え、本決議を提案するものである。

第2 問題点と検討

 1 秘密とすべき事項が曖昧かつ広範であること

(1) 報告書によると、秘密とすべき事項の範囲として、国の存立にとって重要なもののみを厳格な保全措置の対象とする(このような厳格な保全措置の対象とする特に秘匿を要する秘密を便宜上「特別秘密」と呼ぶ。)としているが、何をもって重要と解するか不明であり、特別秘密という概念自体、極めて曖昧である。また、特別秘密の対象として、@国の安全、A外交のみならず、B公共の安全及び秩序の維持の分野まで対象としていることから、特別秘密の対象は非常に広範となる。
 すなわち、B公共の安全及び秩序の維持を対象とすることで、経済や環境問題という国民生活に密接に関連する暮らしの安全に関する情報までも特別秘密として非公開にすることが可能となるのである。例えば、原発や放射能の情報など、本来公開されなければならない情報も、地方の動揺や混乱を避けるため、あるいは安全保障に必要なためという口実のもと、非公開とすることも可能となる。更に、警察の不祥事や公安の違法捜査等の情報も、公共の安全及び秩序の維持に関するものとして、隠匿することが容易となる。

(2)報告書では、自衛隊法の防衛秘密の仕組みと同様に、別表等で特別秘密に該当し得る事項をあらかじめ具体的に列挙した上で、高度の秘匿の必要性が認められる情報に限定する趣旨が法律上読み取れるように規定することで、特別秘密の範囲を絞り込むとされている。しかし、自衛隊法96条の2第1項は、「我が国の防衛上、外交上又は公共の安全及び秩序の維持上特に秘匿することが必要である場合」という極めて抽象的な規定であり、別表において、ほとんど全ての情報を防衛秘密としていることから、全く絞り込みがなされていない。結局、国家にとって公開したくない情報は、すべて特別秘密に指定することを可能にするのである。

 2 刑罰に関する問題

(1) 罪刑法定主義に反すること  報告書は、「特別秘密」の漏えいに対しては、故意による漏えいだけでなく、過失による漏えいや共謀、独立教唆行為、煽動といった実行行為が行われない段階でも処罰する犯罪類型を定めている。
 しかし、「特別秘密」の内容が曖昧であることから、何が「特別秘密」に指定されているか分からないまま、誤って情報を外部の者に伝達する行為が処罰される可能性がある。加えて、既存の刑事法で犯罪とならない行為についても「特定取得行為」の名の下、処罰の対象とされるが、何が「特定取得行為」であるかも不明確であり、二重の意味で罪刑法定主義に反する。

(2) 重罰化 報告書は、上記行為に対する刑罰として、最長で懲役10年という重い刑罰を検討しており、国家公務員法や自衛隊法における刑罰より重罰化されている。
 しかし、過去に国家公務員法や自衛隊法の定める上限の刑すら言い渡された裁判例はなく、重罰化の必要性はない。

 3 取材の自由への重大な制約

(1) 取材を受ける側が情報を提供しなくなること
  「特別秘密」の範囲が不明であり、過失による漏えいまで広く処罰されることから、秘密を取り扱う公務員が、公表して良いと言われた情報以外の情報をマスメディアに提供することを控える事態を招くことは明らかである。これまで、マスメディアの重大なニュースソースであった公務員に対する取材から得られる情報の量は激減し、行政機関が公表しても良いと判断した情報しか伝えられなくなる。

(2) 取材行為そのものに対する制約   マスメディアも秘密漏えいの共謀、又は独立教唆、煽動として処罰される可能性があり、政府の情報等の取材を控えることになる。更に問題となるのは、「特定取得行為」である。報告書は、特定取得行為について、取材の手段・方法が刑罰法令に触れる場合や社会観念上是認できない態様のものとしているが、極めて不明確である。そもそも、国家の秘密とされかねない重大事項を取材しようとする場合には、インタビュー等の通常の手法では情報を入手することは期待できない。取材をするにあたっては、取材源との個人的なつながりや様々なきっかけ、コネなどのありとあらゆる手段を用いざるを得ない。かかる取材の手法が、国家からして社会通念上是認できないと指摘される危険性は常に存在する。
  したがって、報告書が、正当な取材行為は処罰対象とならないと言ってみたところで、何が正当な取材行為かは国家が判断する以上、マスメディアへの萎縮効果は極めて大きなものとなる。
 しかし、過去に国家公務員法や自衛隊法の定める上限の刑すら言い渡された裁判例はなく、重罰化の必要性はない。

(3)  調査報道の窒息 以上のように取材源が情報を提供せず、取材源へのアクセスも制約されることの先にあるのは、マスメディアによる調査報道の窒息であり、その結果、国民の知る権利の侵害をもたらすと共に、民主国家の瓦解に繋がる深刻な事態も想定されるのである。

 4 公益通報者制度への悪影響

このような不明確な特別秘密の漏えいや取得の処罰規定は、内部告発を行う者にも萎縮効果を与え、公益通報者保護制度にも悪影響を与えることは言うまでもない。

 5 情報公開制度を形骸化させること

  秘密保全法が制定されると、情報公開制度を形骸化させることになる。すなわち、行政機関が、公開したくない情報を、特別秘密に指定することにより、情報公開制度を機能不全に陥らせることになるのである。例えば、特別秘密に指定された情報を、情報公開法に基づいて公開請求した場合、当該情報が不存在という回答がなされる。そうすると、情報は存在し、特別秘密に当たらない情報だとして争う側は、不存在決定の取り消し訴訟を行い、当該訴訟で勝訴した後、当該情報が不開示情報に該当する特別秘密か否かを争う必要がある。
  「特別秘密」の対象とされる国の安全、外交、公共の安全及び秩序の維持という三分野の情報は、行政機関の長が非開示と判断したことに「相当の理由」がない場合しか非開示決定を覆せない(情報公開法5条3号、4号)。要するに、行政機関の長の判断が素人の目から見ても誤っていると判断できる場合以外は、行政機関の長の非開示決定が維持されるという形になっているのである。したがって、一旦非開示決定がなされた情報について、訴訟により非開示決定を覆すことは至難の業である。
  このように、秘密保全法のない現在においても、国の安全、外交、公共の安全及び秩序の維持という三分野の情報については、国が市民に公開しないとすれば、ほとんど非公開が通ってしまうのである。これら三分野の情報については、情報公開法の公開原則に立ち返った情報公開法の改正こそ喫緊の課題である。現在の情報公開法ですら公開することが困難な非開示情報を、殊更情報公開の対象から除外しようとする秘密保全法は、市民の知る権利まで完全に形骸化させるものであると言わなければならない。

 6 人的管理により、プライバシー権等が侵害されること

(1) 人的管理とは
  人的管理とは、適性評価制度により、特別秘密を取り扱う者から、秘密を漏えいするリスクを有する者をあらかじめ除外するとともに、適性と判断されて、特別秘密を取り扱っている者に対しても、適性評価結果の有効期限経過後には、再度、適性評価を実施することで、特別秘密を保全しようとするものである。 適性評価制度の具体的な内容としては、特別秘密を取り扱う者に対しては、人定事項及び学歴・職歴だけでなく、外国への渡航歴、信用状態、アルコールの影響等のセンシティブな情報を調査するばかりか、配偶者のように当該人物の行動に影響を与え得る者についても、人定事項、信用状態、外国への渡航歴等の事項が調査されることになる。すなわち運用次第では、調査対象者が無限に広がり、重大なプライバシー侵害となる可能性がある。

(2) 報告書によると、「対象者の同意」を得て、適性評価のための調査を実施することとされている。しかし、組織において一定以上の地位にある者、あるいは「特別秘密」になりうるような情報を扱っている者にとって、調査の拒否は失職を意味することになり、適性評価に同意せざるを得ない。また、現在すでに、国の一部の機関において、法律の根拠なく、秘密取扱者の同意を得ずに調査する運用がなされている。これらのことに鑑みれば、実際に同意を必要とする運用がなされるのか非常に疑わしい。そして、調査した事項を、どのような基準で適性評価するのかという評価基準については非公開とされ、適性判断について実施権者の裁量的判断に委ねられることになる。従って、実施権者の恣意的な判断で適性評価がなされるおそれがある。

 7 立法事実がないこと

(1) 秘密保全法制検討の端緒とされる尖閣諸島沖漁船衝突映像の流出事件については、当該映像は海上保安庁の共有サーバーで共有された状態にあり、流出された時点では秘密ですらなかった。政府は、映像が流出された後に、刑事訴訟に関する書類に指定して、裁判前に公開しないようにしたが、その時点では、被疑者である中国人船長が釈放され、中国に帰っていたことから、刑事裁判になる可能性は皆無であった。また、他に立法事実とされているボガチョンコフ事件にいたっては、自衛隊内部の事件で、秘密を漏えいした者が処罰されたことで、解決しており、その他の事案についても、原因の解明・分析が行われ、再発防止のための具体的な対策が立てられている。また、IT技術やネットワーク社会の進展に対処するのはコンピューターのセキュリティー対策であり、人的管理をする必要性はない。

(2) 2012年5月31日、中国大使館1等書記官による諜報活動疑惑がしきりに報道され、玄葉外務大臣がスパイ防止法、秘密保全法についてコメントし、防諜体制の強化に乗り出す考えを示したが、当該事件によって、国家秘密が奪われたという裏付けはなく、なんら立法事実とはなり得ない。我が国では、現在でも、国家公務員法、自衛隊法、日米刑事特別法、MSA秘密保護法等の法律によって、国家秘密の保護が図られており、秘密の管理方法も徹底していて、今更秘密保全法を制定する必要性は存在しない。

第3 結 論

 以上のとおり、秘密保全法には、国民主権、民主主義、基本的人権の尊重、罪刑法定主義という憲法原理に反する問題点を有している一方、秘密保全法の制定を必要とする立法事実は存しない。また、冒頭で述べたように、立法過程の情報を市民に公開しないまま、法案化の作業が進められてきたことに鑑みれば、その検討過程及び法案検討過程の議事録を作成し、国民に対する情報公開を徹底することは勿論、当該法制の立法の是非及び内容を誰もが検討し、適宜、的確な意見を言えるようにすべきである。
 そして、今、我が国がすべきことは、外交、防衛、公共の安全及び秩序の維持に関する情報の公開に消極的な現行の情報公開法を早期に改正して、民主主義に資する制度を設けることであり、情報公開により、国の壁を低くすることが、諸外国との協和にもつながるのである。
 以上により、中部弁護士会連合会は、情報公開法の早期改正、検討委員会及び有識者会議における立法過程の透明化、秘密保全法案の国会提出断念という3点を求め、本決議案を提案する。

以 上




戻る




Copyright 2007-2010 CHUBU Federation of Bar Associations