中部弁護士会連合会


中弁連とは

中弁連からのお知らせ

リンク集

TOP

会員専用ページ

中弁連からのお知らせ

全ての刑事事件における全面的証拠開示を求める決議
提案理由

1 弁護側の証拠開示請求権の意義

証拠開示請求権は、被告人の有する基本的な権利である。
 なぜなら、被告人及び弁護人が、検察官が証拠調べを請求した証拠の内容を吟味し、相手方当事者としてこれらの証拠に対する弾劾を行うことは、憲法上保障された被告人の防御権の行使であって、他者の人権を侵害しない限り保障されなければならない。そして、検察官請求証拠の内容を吟味し弾劾を行うためには、被告人及び弁護人に捜査機関が入手した全ての証拠を検討することができるようにすることが必要不可欠である。
 また、検察官は公益の代表者であるから、検察官が法律に基づく任意捜査または強制捜査の権限を行使して公費で収集した全ての証拠を、相手方当事者である被告人及び弁護人に開示することは、刑事手続の公正さを保障するためにも必要不可欠である。



2 国際人権(自由権)規約委員会も証拠の全面開示の保障を勧告していること

国際人権(自由権)規約委員会は、1998年11月5日、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)の実施状況に関する第4回日本政府報告書に対して、同年10月28日、29日に行われた審査を踏まえ、最終見解を採択した。

その最終見解は、「委員会は、刑事法において、検察官には、公判において提出する予定であるものを除き捜査の過程で収集した証拠を開示する義務はなく、弁護側には手続の如何なる段階においても資料の開示を求める一般的な権利を有しないことに懸念を有する。委員会は、規約第14条3項に規定された保障に従い、弁護を受ける権利が阻害されないよう、締約国がその法律と実務を、弁護側がすべての証拠資料にアクセスすることが保障されるように改めることを勧告する。」と述べて、日本も批准している国際人権自由権規約14条3項が、捜査機関が収集した防御に必要な証拠の全ての開示を受ける権利を保障していることを前提として、弁護側に全面的な証拠開示請求権を保障するよう求めている。

日本政府は、条約及び確立された国際法規の誠実な遵守を憲法98条によって義務づけられており、国際人権(自由権)規約委員会の最終見解は、国際人権(自由権)規約の解釈の専門家による勧告であるから、上記最終見解に従うことが、憲法及び条約上の義務でもある。



3 全面的証拠開示請求権の保障が必要不可欠であること

(1) 証拠開示については、これまで、検察官から、「被告人の証拠漁りは許されない」という主張がなされてきた。刑事手続における当事者主義のもとでは、当事者が努力して収集した証拠を、対立当事者が覗きこみ、有利な証拠を探すことは不当である、という考え方によるものである。
 しかし、検察官は公益の代表者であり、公判手続において「裁判所に法の正当な適用を請求」(検察庁法第4条)すべき立場にある。その訴訟活動は、単に被告人の有罪を求めることを指向するものではなく、実体的真実の究明を目指した公正なものであることが要請される(検察官の客観義務)。このことから、検察官は、被告人に不利な証拠だけでなく、被告人に有利な証拠も法廷に顕出する職責を負う。刑事訴訟規則193条1項は、「検察官は、まず、事件の審判に必要と認めるすべての証拠の取調を請求しなければならない」と規定しており、「『すべての証拠』の中には、当然、被告人に有利な証拠も含まれると解される」(吉丸眞「刑事訴訟における証拠開示(上)−被告人に有利な証拠の開示−」法曹時報第54巻第3号692頁(2002))。
  ところが、検察官は、被告人及び弁護人からみれば有利な証拠について、証拠価値が低い、あるいは信用性に乏しいと判断して、取調請求をしない可能性が極めて高い。かかる場合、当該証拠が開示されなければ、被告人及び弁護人は、当該証拠を使って防御することができないばかりか、そのような証拠の存在すら知ることができない。
  したがって、被告人及び弁護人に対し、これらの証拠の検討の機会を与えるため、全面的な証拠開示請求権が保障されることが必要不可欠である。
  また、警察又は検察庁が強大な組織と捜査権限を付与され、公費によって証拠を収集することができるのは、まさに検察官が上記のような公益の代表者として職責を果たすことに基づくものであり、証拠は被告人に有利・不利を問わず、当事者共通の財産であるというべきである。
  それゆえ、こうして収集された証拠を、被告人及び弁護人に対して開示し、必要な防御の機会を与えることは、被告人の防御権を実質的に保障するものである(吉丸・前掲690頁)。


(2) ところで、2004年5月に改正された刑事訴訟法により、公判前整理手続に付された刑事事件については、被告人及び弁護人に、検察官に対する類型証拠及び主張関連証拠についての証拠開示請求権が認められ、証拠開示の範囲は一定程度広がった。
 他方、証拠開示の範囲が一定程度広がったことを前提として、個別的弊害招来の可能性防止、公判準備・争点整理に資するという目的の実現、当事者追行主義の適正な作動に対する阻害要因の排除等を理由に、全面的証拠開示請求権を否定する主張がある(酒巻匡編著「刑事証拠開示の理論と実務」(判例タイムズ社、2009年)12頁)。
 しかし、かかる主張は、現実には、検察官に、開示すべき証拠の範囲を極めて狭く解釈することを許し、証拠開示を拒絶する口実を与え、様々な弊害を生んでいる。例えば、愛知県弁護士会が実施したアンケート結果によれば、被告人に有利な警察官・検察官作成の捜査報告書、事件直後に被告人が作成した図面等は、類型証拠に該当しないとして開示を拒否された例がある。被告人に有利となる証拠物を、検察官が被告人とは別人の所有者に還付することにより、検察官の手持ち証拠ではないとされた例もある。警察官・検察官の取調べメモについても、廃棄されていることを理由に開示を拒否された例がある。
 結局、改正刑事訴訟法によっても、被告人に有利な証拠が開示されない結果、被告人が十分な防御権を行使することが不可能となっており、かかる事態をなくすためには、全面的証拠開示請求権を保障することが必要不可欠である。



4 証拠の不開示による冤罪発生や冤罪発生の危険性が生じていること

(1)  検察庁は、重大事件、否認事件など、証拠開示が切実に求められる事件において、証拠開示を頑強に拒否してきた。
  そして、証拠開示がなされなかった結果、誤った有罪判決がなされたことは、2011年5月24日に再審公判において無罪判決がなされた布川事件等の再審事件などで明らかになっている。例えば、布川事件においては、再審請求審において、被告人とされた櫻井昌司氏、杉山卓男氏の毛髪と犯行現場にあった毛髪は異なるという毛髪鑑定書、櫻井氏の初期の自白の録音テープ、目撃証人の初期供述、等の多数の捜査機関が作成していた証拠が開示された。これらの証拠が確定審で開示されていれば、唯一の直接証拠である自白も、それを支えるとされた目撃証言も、およそ信用できないものであることが明らかになり、誤った有罪判決がなされることもなかったはずである。


(2)  また、2010年に無罪判決が言い渡された厚生労働省元局長無罪事件は、2004年の刑事訴訟法改正により類型証拠、主張関連証拠の開示請求権が認められたにもかかわらず、冤罪が生じかねないことを明らかにしている。すなわち、同事件では、特捜部の検察官が、公訴事実との矛盾を隠蔽するため、フロッピーに保存されたファイルの作成日付を改竄した。しかし、公判担当検事が、その事実を知らないまま、改竄前のファイルの作成日付についての捜査報告書を弁護人に任意開示したために、公訴事実と当該捜査報告書との矛盾、特捜部検察官による証拠物の改竄が偶然明らかになったものである。仮に、公判担当検事が、当該捜査報告書と公訴事実との矛盾に気付き、当該捜査報告書が類型証拠、主張関連証拠に該当しないとして開示しなければ、公訴事実との矛盾も明らかとならず、元局長が有罪とされたおそれがある。以上に述べたこの事件の経過からも、類型証拠、主張関連証拠だけでなく、全面的な証拠開示が必要であることが分かる。


(3)  中部弁護士会連合会の域内においても、捜査機関による証拠隠しにより発生した冤罪事件として氷見事件がある。また、福井女子中学生殺人事件も再審請求がされている。 「氷見事件」は、2002年に富山県氷見市内で発生した2件の強姦、強姦未遂事件である。冤罪被害者は、懲役3年の有罪・実刑判決を受けて服役し、刑の執行を終えたが、その後、真犯人が犯行を告白したため、冤罪被害者の無実が明らかとなり、2007年2月に検察官が再審請求を行い、同年10月に再審無罪判決がなされた。この事件では、通話記録やDNA鑑定等の、冤罪被害者の無実を裏付ける客観的証拠が黙殺・隠蔽された結果、冤罪被害者が犯人に仕立て上げられた疑いが濃厚である(日本弁護士連合会「氷見事件調査報告書」18頁参照)。
 「福井女子中学生殺人事件」は、1986年に福井市内で発生した殺人事件である。被告人とされた者は、懲役7年の有罪・実刑判決を受けて服役し、刑の執行を終えた後の2004年7月に再審請求を行った。この事件では、弁護人が、再審請求の当初から繰り返し証拠開示請求を行い、これを受けて、裁判所が、2007年9月から2010年3月にかけて、3回に分けて証拠開示の勧告を行った結果、多数の死体解剖時の写真、事件当日に目撃したという複数の目撃者らの多数の供述調書が再審請求審において開示された。その結果、目撃者らの供述が著しく変遷し、かつ、その変遷が目撃者同士で不自然に一致しており、捜査機関が取調べにおいて行き過ぎた誘導を行ったこと、それゆえ、目撃者らの供述が信用に値しないものであることが指摘されている。また、解剖時の写真は、被害者の創傷の形状を明白にし、法医学者による犯行態様の解明を大きく進め、犯行現場に残された凶器では生じさせることができない創傷があること、自殺偽装の跡をはじめとする犯行現場の状況が、突発的な犯行と認定した確定判決と矛盾することが指摘されている。
  以上の2つの事件は、類型証拠、主張関連証拠の開示請求権が保障される前の事件であるが、現在も、公判前整理手続に付されていない事件が多数あることを踏まえれば、被告人及び弁護人に全面的な証拠開示請求権を保障することが極めて重要であることを明らかにしている。



5 これまでの中部弁護士会連合会の取組について

中部弁護士会連合会は、1999年の中部弁護士会連合会定期弁護士大会において、「憲法及び国際人権規約に則った適正な刑事手続の実現をめざす宣言」を採択し、同宣言において、積極的な証拠開示を求めてきた。
 当連合会は、引き続き、被告人及び弁護人の全面的な証拠開示請求権の制定を求めて、以上のとおり決議することを提案するものである。

以 上




戻る




Copyright 2007-2010 CHUBU Federation of Bar Associations