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取調べの可視化即時実施と誤判の原因究明機関設置を求める決議・提案理由

1 わが国で誤判が相次いでいる

わが国では、死刑判決が確定した免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件について、昭和58年から平成元年にかけて相次いで再審無罪判決がなされた(以下、これら事件を「死刑再審無罪4事件」という。)。

無実の者4名が、約30年もの間、誤判により身体を不当に拘束され続けていたという深刻な事実が明らかとなった。


近年も、無実の者を起訴した誤起訴や、無実の者に有罪判決を下した誤判(以下、これらを単に「誤判」と総称する。)として、次のような深刻な事例が明らかとなっている。



【志布志事件】

平成15年に行われた鹿児島県議会議員選挙に際し、同県曽於郡志布町(現・志布志市)内で選挙違反がなされたという事件で、平成19年2月に、公判中に亡くなった者を除く12名の被告人全員に無罪判決がなされた。

選挙違反がなされた事実などなかったにもかかわらず、無実の者が13名も誤って起訴され、3年半余りもの間公判審理を受けるのを余儀なくされた。


【氷見事件】

平成14年に富山県氷見市内で発生した2件の強姦、強姦未遂事件では、起訴された者が懲役3年の有罪・実刑判決を受けて服役し、刑の執行を終えたが、その後、真犯人が犯行を告白したため、その者の無実が明らかとなり、平成19年2月に検察官が再審請求を行い、同年10月に再審無罪判決がなされた。

無実の者が、誤って起訴され、誤った有罪・実刑判決を受け、約2年9ヶ月にわたり不当に身体拘束を余議なくされたのであり、真犯人が別件の発覚で身体拘束され犯行を告白していなければ、真相が闇に葬り去られるところであった。


【足利事件】

平成2年に栃木県足利市内で発生した幼女誘拐殺人死体遺棄事件では、起訴された者が、無期懲役の有罪判決を受け、平成12年7月に判決が確定し、服役していたが、平成21年5月、再審請求棄却決定に対する即時抗告審でなされた再度のDNA鑑定で、その者のDNA型と被害者下着に付着した犯人の遺留精液のDNA型とが不一致との結論が出て、翌6月、刑の執行が停止され釈放されるとともに、再審開始決定がなされ、本年3月に再審無罪判決がなされた。

無実の者が、誤って起訴され、無期懲役の誤った有罪判決を受け、約18年半にわたり不当に身体拘束を余儀なくされた。


【布川事件】

昭和42年に茨城県北相馬郡利根町布川で発生した強盗殺人事件では、起訴された者2名が、無期懲役の有罪判決を受け、昭和53年7月に判決が確定し、両名とも平成8年11月に仮出獄するまで服役したが、その後、平成17年9月に有罪認定に合理的疑いが生じたとして再審開始決定がなされ、昨年12月の最高裁の特別抗告棄却決定で確定した。現在、再審公判の審理が進められている。再審無罪判決がなされた場合、無実の者2名が、誤って起訴され、無期懲役の誤った有罪判決を受け、約29年にわたり不当に身体拘束を余儀なくされた。



本年9月にも、次のような誤判事例につき無罪判決が相次いでなされた。


  • @  一つは、昨年8月、石川県白山市内のコンビニのATMから、盗まれたキャッシュカードで現金が引き出された窃盗事件である。
    被告人が、コンビニの防犯カメラ映像の犯人に酷似しているとして逮捕され、犯行を否認していたにもかかわらず、「カメラに写っているのは自分だと思う」という内容の供述調書が作成されて金沢地裁に起訴された。
      しかし、起訴後、公判審理の過程で、弁護人からの要請を受け、検察官が、被告人が犯人だとする有力証拠だとしていた防犯カメラの犯人の映像を鑑定嘱託したところ、鑑定結果において被告人とは別人だと断定されるに至り、審理途中で被告人の勾留が取り消され、検察官が無罪論告を行い、無罪判決がなされたという経緯を辿った。

  • A  もう一つは、障害者団体向けの割引郵便制度が悪用され、不正に安い郵便料金でダイレクトメールが発送された事件に関連し、虚偽の障害者団体証明書の作成を指示したとして、厚生労働省の元局長が虚偽有印公文書作成、同行使罪に問われ大阪地裁に起訴された事件である。
      起訴後、公判において、証明書の作成者であった部下の職員が被告人の指示がなかった旨供述し、被告人の指示があったという内容の検察官調書を始め、多くの検察官調書が取調担当検察官の不当な誘導の下に作成されたとして、いわゆる特信性が否定され、検察官による証拠調請求が却下されていたものである。

いずれの被告人も、5ヶ月余り身体拘束を余儀なくされた。

わが国では、深刻な誤判事例が近年次々と明らかとなっている。

2 誤判は決して偶然ではない

上述の事例は、氷山の一角にすぎず、はるかに多くの誤判が暗数として発生していると考えられるが、わが国の刑事司法がこのように誤判を生み出しているのは、決して偶然などではない。

上述の死刑再審無罪4事件の元弁護人らが、昨年6月に裁判員になる国民に向けて「誤判を防ぐための8つのお願い」と題するアピールを発しているが(http://www.enzaiboushi.com/200appeal1/)、そこでは、誤判の原因として死刑再審無罪4事件に次のような共通点があったと指摘されている。


  • @ 警察官や検察官が、被告人を長期に勾留したり、長時間の取り調べを行ったり、様々な方法で自白を強要し、ついに被告人を、自分が犯人であることを認める「虚偽の自白」に追い込んだ。
  • A 検察官が「誤った鑑定」を裁判に提出した。
  • B 警察官や検察官が、被告人の無罪を裏付ける被告人に有利な証拠を隠して、裁判には出さなかった。
  • C 裁判所が、このような「虚偽の自白」や「誤った鑑定」を信用し、法廷での「私は犯人ではありません。」という被告人の叫びを信用せず、死刑判決を下した。
    近年明らかとなった上述の誤判事例のうち、志布志事件、氷見事件、足利事件は、死刑再審無罪4事件の再審無罪判決後に起きたものである。

わが国の刑事司法は、死刑再審無罪4事件後も、その教訓を活かすことなく誤判を生み出し続けている。誤判を生み出してしまう制度的・構造的な問題点がわが国の刑事司法にあると考えなければならない。


とりわけ、死刑再審4事件や近年明らかとなった上述の誤判事例のほとんどにおいて、無実の者が捜査機関による密室での取調べで、虚偽の自白に追い込まれている。 密室での取調べによる虚偽自白が誤判の主要な原因の一つであり、密室取調べによる自白強要がわが国の刑事司法の制度的・構造的な問題の一つであることは、これまでの誤判事例から明らかである。


誤判は、無実の者から身体の自由や時間を奪い、多大な苦痛を与え、償いようのない人権侵害をもたらす。国に、このような誤判による人権侵害を防止する責務があるのは言うまでもない。

3 主要な誤判原因を取り除くため、取調べの可視化は即時実施すべきである

これまでの誤判事例から、密室での取調べによる虚偽自白が誤判の主要な原因の一つであり、密室取調べによる自白強要がわが国の刑事司法の制度的・構造的な問題点の一つであることは、明らかである。

このような制度的・構造的問題を克服する取り組みとして、昨年8月の政権交代以降、政府内で取調べの可視化(全過程の録画)に向けた検討が進められてきたが、法務省は、本年6月、全事件、全過程の取調べを録画することは現実的でないとの理由で、録画する事件や取調べの範囲を限定する方向で、来年6月以降まで検討を継続する方針を明らかにした。


しかし、取調べの全過程の録画が誤判防止に必要不可欠であることは、氷見事件や足利事件の例を見れば明らかである。

取調べを部分的に録画するだけでは、録画されていない場面での取調官の違法不当な言動が隠され、密室取調べによる虚偽自白の危険を取り除くことはできない。のみならず、取調べの部分的な録画では、録画された自白場面だけが強調され、かえって誤判を生み出す危険もある。取調べの可視化は、あくまでも全過程が録画されなければ実現しないし、全過程を録画しなければ、取調べの可視化ではない。

また、可視化する事件は、当初は一定の範囲から始め、その後段階的に拡大していくことがありうるとしても、少なくとも捜査機関が現在一部のみの録画を行っている裁判員裁判対象事件については、実施を先送りする合理的理由は存在せず、立法を待たず直ちに、全過程の録画を試行を含め実施すべきである。

4 中立公正な第三者機関に誤判原因を徹底究明させ、刑事司法の制度改革を提言させるべきである

わが国が誤判による人権侵害を防止するためには、わが国の刑事司法にどのような制度的・構造的な問題があるのかを、誤判事例からきちんと洗い出す必要がある。そしてそのような制度的・構造的問題の洗い出しには、まず誤判原因の徹底的な究明が必要不可欠である。


この点、警察庁や最高検察庁は、近年明らかとなった志布志事件、氷見事件、足利事件について、組織内部で問題点の調査・検討を行ったとして、その結果を対外的に公表している。

しかし、証拠の慎重な吟味に欠けていたとか、自白の信用性の吟味が不十分であったなどと問題点を挙げてはいるものの、なぜそのような慎重な吟味ができなかったのかという背景的要因や、制度的・構造的問題まで掘り下げた検討はなされていない。

なぜ、当初否認していた無実の者が取調べで自白するに至ったのかという核心部分についても、被疑者が積極的に供述しない状況の下で供述を得るに当たり相当程度捜査員から積極的に事実を確認する形での取調べを行わざるを得ない状況にあった(氷見事件)とか、迎合の可能性がある被疑者の特性に対する留意を欠いた取調べによって捜査員の意に沿う供述をさせてしまう結果となった(足利事件)などと、曖昧な原因分析に止まっており、十分な調査・検討がなされているとは、到底言い難い。

再発防止策についても、志布志事件・氷見事件を契機に、被疑者取調べの監督制度などが設けられたが、あくまでも捜査機関内部での監督に止まり、その他も、研修等を通じて捜査官に周知徹底を図るという程度に止まっている。再発防止策としての実効性に疑問がある。


また、裁判所には、誤判の原因を究明し再発防止を図るべく、誤判事例の調査・検討を行っている様子が全く見られない。


このように、誤判を生み出した各関係機関に誤判事件の調査・検討を委ねても、十分な誤判原因の究明と実効性ある再発防止策の提言は到底期待できない。

関係機関から独立し、十分な調査権限が与えられた中立公正な第三者機関に、誤判事件の調査・検証を委ね、その調査結果を踏まえ、再発防止のために刑事司法の制度改革を提言させるべきなのである。


実際、諸外国では、中立公正な第三者機関が誤判原因を究明し、刑事司法制度の改革に結びつける例が多く見られる。

例えば、英国やカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどでは、著名な誤判事件が発生した場合、王立委員会などが報告書をまとめ、その提言を基に刑事手続改革が実現されている。アメリカのイリノイ州では政府の諮問委員会が誤判の原因究明を行い、刑事司法改革の提言を行い、その提言の多くが立法化された。

同様の制度は欧米諸国に広く見られるものであり、誤判を繰り返さないためにも必要不可欠である。


しかし、これまでわが国においては、上述のような中立公正な第三者機関が設置され、誤判事件の原因を究明し、再発防止のために刑事司法制度の改革を提言する、といった取組みがなされたことはなかった。


誤判を防止するためには、このような中立公正な機関による徹底的な誤判原因の調査とこれに基づく提言が、是非とも必要である。

5 当連合会の国に対する要請

よって、当連合会は、国に対し、誤判の再発防止と原因究明のため、次のことを求める。

  • 1 虚偽自白を抑制し誤判を防止するためには、取調べの可視化−全過程の録画−が必要不可欠であり、速やかにそのための刑事訴訟法の改正等を行うこと。また、少なくとも裁判員裁判対象事件については、試行を含め直ちに取調べの可視化−全過程の録画−を実施すること。
  • 2 誤判原因究明のための中立公正な第三者機関を設置し、同機関に相当な調査権限を付与し、過去の誤判事件の調査に当たらせ、誤判を引き起こした根本原因・誤判の要因となった刑事司法制度の構造的な問題点を究明させた上、真に誤判防止につながる刑事司法制度の改革を提言させること。

以 上




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