1 増え続ける高齢者や障がいのある人の消費者被害
我が国は、年少人口の減少と高齢人口の増加が同時並行的に進行し、5人に1人が高齢者という社会となりました。2006年におけるひとり暮らしの高齢者世帯は410万世帯(全世帯の8.6%)、高齢者夫婦のみの世帯は540万世帯(全世帯の11.3%)となり、両者で全世帯数の2割を占めるに至り、その数と割合は年々増加を続けています。
また、ノーマライゼーションの考え方の広がりや施設から地域への移行を根幹とする政策の推進に伴い、地域で暮らす障がいのある人も少しずつ増えてきています。
このような流れの中で、これらの地域で暮らす高齢者や障がいのある人を狙った消費者被害も増加しています。
2005年5月に新聞紙上で大きく報道された埼玉県富士見市の認知症の高齢者姉妹が総額5000万円ものリフォーム被害にあった例を見るまでもなく、中部弁護士会連合会管内においても、高齢者を狙った訪販リフォ−ムの次々販売が深刻な社会問題となりましたし、マルチ商法によって多くの聴覚障がいのある人が被害にあったことも記憶に新しいところです。
国民生活センターの統計によっても70歳以上の高齢者を契約当事者とする相談は、2000年に43,336件と相談全体の7.9%であったものが、2006年には134,795件となり相談全体の12.1%を占めるに至っています。その割合は増加を続けていますし、相談数も、架空請求の多かった2005年の139,492件をトップに多少減少傾向にあるものの依然として高水準です。
高齢者の多くは、「お金」「健康」「孤独」について不安を持っています。悪質な業者は、言葉巧みにこれらの不安をあおり、親切にして信用させ、高齢者が長年に渡って貯めた大切な財産を狙います。また、高齢者や障がいのある人は自宅にいることが多いため、訪問販売や電話勧誘販売による被害に遭いやすい状況にもあります。
さらに、国民生活センターの統計によれば、「認知症高齢者、障がいのある人等が契約当事者である相談」もここ10年間の間に7倍に増加したことが報告されています。
もともと消費者と事業者との間には情報の質及び量、ならびに交渉力において格差があるところから、消費者を保護する必要性が強調されてきましたが、高齢者や、障がいのある人においては、この格差は一層広がるため、消費者保護の必要性もさらに大きくなると考えられます。
2 安心して地域で暮らす権利と消費者被害の救済議に関するルールの必要性
高齢者や障がいのある人が、安心して「地域で暮らす権利」は、2005年日本弁護士連合会人権擁護大会決議によって確認されたように、憲法13条(個人の尊厳・自己決定権)、14条(平等権)、22条(居住の自由)、25条(生存権)及び国際人権規約をはじめとする国際条約が要請する基本的な人権です。
高齢者や障がいのある人が、安心して地域で暮らしていく権利を守るためには、これらの人が、その生活の基盤となる財産を違法・不当に奪われることのないよう、悪質な業者による消費者被害から守る体制を、国、地方自治体、地域社会において、積極的に整備していく必要があります。
3 評議の福祉機関による支援体制の必要性とその現状
高齢者や障がいのある人の中には判断能力が不十分な人もおり、これらの人は被害に遭ったこと自体に気がつかないことも珍しくありません。また、判断能力に問題がなくとも、被害にあったことを恥と思い相談をためらいがちな傾向も見受けられること、適切な相談機関に関する情報を入手しにくく、専門家に相談すれば被害回復が可能であることを知らないことも少なくないこと、身体状況に問題があり相談に赴くのが難しいことなどとも相俟って、救済されるべき人が救済されず、大部分の被害は埋もれたままになってしまっています。
被害救済が必要な人を救済するためには、これらの人を見守り、本人に代わって被害に気がつき、相談することを支援する体制を整備する必要があります。
既に介護保険法上、認知症高齢者等の相談機関として地域包括支援センターが、障害者自立支援法上、相談支援事業として障がいのある人のための相談機関が創設されていますが、予算上の制約もあって人手が足りず、消費者被害の発見・相談についてまで到底手が回らない状況にあり、その役割を果たし切れていません。
また、ケアマネジャー、ヘルパー、民生委員、福祉施設職員などの高齢者や障がいのある人を見守る人々への研修も欠かせませんが、自治体の啓発・広報予算は減り続けており、これらの人への研修も極めて不十分な状況にあります。
4 消費者行政の現状
各地の消費生活センターも、その組織整備は未だ不十分で、消費者相談専用窓口の設置すらされていない市町村も多数存在します。
また、高齢者や障がいのある人の相談に関しては、高齢者や障がいのある人自身が事業者と交渉することは困難であるため、相談だけで終わらせるのではなく、相談員が事業者と交渉し解決のためにあっせんを行うことも必要ですが、増加する相談数に見合う相談員の数が不足しているため、あっせん介入率は下がり続けています。
さらに、高齢者や障がいのある人の被害が埋もれやすく、被害回復が図りにくいという特徴を考えれば、消費者被害を救済し、あるいは被害の拡大を防止するためには、行政や消費者団体が積極的にその役割を果たす必要があります。
行政は適切に行政指導や行政処分をなすなど、その規制権限を行使して被害の拡大を防止する必要がありますが、消費者行政を担当する職員は減員され続け、また、その多くは短期間で交代するため、被害情報を有効に活用しきれず、適切に権限を行使できていません。
また、改正消費者契約法や改正特定商取引法により、内閣府の認定を受けた適格消費者団体に差止権が認められ、被害者に代わって消費者団体が違法な勧誘をやめさせたり、違法な約款の行使を差し止めたりすることができるようになりましたが、中部地方には平成20年8月15日の時点においていまだ内閣府の認定を受けた適格消費者団体はありません。申請を準備中の消費者団体はありますので、早期の申請と、認定後の活躍が期待されるところです。
5 福祉関係機関、消費者行政機関の体制の充実と相互の連携の必要
福祉関係機関、消費者行政機関のいずれに関しても、その役割が十分に果たされているとは言い難い現状に鑑みるならば、福祉関係機関、消費者行政機関のそれぞれについて必要な予算措置がなされ、その体制を充実させることが何より求められています。
ただし、福祉関係機関、消費者行政機関の体制が充実されても、両者の連携が十分にとられていなければ、高齢者や障がいのある人の消費者被害に対して適切に対応することはできません。ケアマネジャー、ヘルパー、福祉施設職員、民生委員など、高齢者や障がいのある人の身近にいる人が被害を発見しても、消費者行政機関との連携がなければ、有効な被害回復に結びつけることはできません。また、消費者行政機関は被害回復のために有効な役割を果たしますが、福祉関係機関からの情報がなければ、現実の被害回復には結びつきません。
これらの意味において、福祉関係機関、消費者行政機関の体制がそれぞれ充実されるだけではなく、両者の連携が十分にとられなければなりません。
6 求められる消費者庁と被害回復を図る制度の新設
さらに、消費者被害の予防と救済のためには、地方行政の充実も必要ですが、それだけでは不十分です。
高齢者や障がいのある人を含め、全ての消費者が迷わず何でも相談できる一元的相談窓口を持ち、そこで得られた情報を一元的に集約してその分析と原因究明を行い、消費者への情報提供をなすとともに被害の拡大防止のために行政権限を適切に行使し、今後の被害予防のための政策提言を行う消費者の視点に立った行政庁の存在が必要です。
行政推進会議が取りまとめた消費者庁の創設は、高齢者の消費者被害の救済にとっても、高く評価できます。当連合会は、ぜひ、「取りまとめ」の方向で消費者庁が創設されるよう求めるものです。
消費者被害は少額の被害の場合も多く、自ら被害回復することも困難であるところから泣き寝入りをする被害者も少なくありません。
とくに高齢者や障がいのある人が自ら被害回復を図ることはいっそう困難です。高齢化社会が進行し、高齢者や障がいのある人の消費者被害が増え続ける現在、被害者に代わって、被害回復を図り、被害者に分配する制度の創設が何より求められています。また、いわゆる悪質商法で甘い汁を吸った業者は、手口を少しずつ変えてなお悪質商法を繰り返す傾向にあります。悪質業者の手元に、手軽に多大な利益を残す現状が続く限り、悪質商法は根絶できません。
諸外国のように、被害者に代わって行政機関や消費者団体が違法収益を事業者に吐き出させ、被害の回復を図る制度を創設することがぜひとも必要です。
7 成年後見制度の活用に対する支援体制を
また、一度被害にあった高齢者や障がいのある人は、繰り返し被害に遭う傾向にあります。予防のためには、成年後見制度等の利用により、法的な権限に基づいて継続してサポ−トすることも必要です。しかしながら、経済的事情により、制度利用の必要性がありながら申立ができない高齢者や障がいのある人も多数存在しており、申立費用や後見人報酬に対する公費援助の拡充が必要です。また、申立権者が身近にいない高齢者や障がいのある人のために成年後見の首長申立を積極的に行うことも必要です。
8 最後に
当連合会は、国及び地方自治体に対して、上記のような措置や制度の創設を求めると共に、当連合会自身も、地域包括支援センター等の福祉関係機関や消費生活センター等の消費者行政機関と連携して、相談体制の充実を図り、高齢者・障がいのある人の消費者被害の早期発見・救済のために、力を尽くすことをここに決意致します。
以 上