中部弁護士会連合会

中弁連からのお知らせ

改めて国選弁護人報酬等の大幅増額を請求する決議・提案理由

1 国選弁護の役割

刑事裁判事件が増加傾向の中、国選弁護事件が全体に占める比率も増加の一途をたどっている。

2005年におけるわが国の通常第一審事件(全地方・簡易裁判所)の終局総人員93,752人中、国選弁護人が付された被告人は72,822人で、その割合は77.7%にも及んでいる。

このように、今や被告人段階の刑事弁護の8割近くが国選弁護人によって担われている実情にあり、国選弁護制度は刑事裁判において極めて重要な役割を果たしている。

2 国選弁護人の負担増大〜公判前整理手続、裁判員裁判、被疑者国選対象拡大〜

2005年11月、改正刑事訴訟法が施行され、公判前整理手続の運用が開始された。そして、2007年4月から、検察庁が裁判員裁判対象事件については基本的に全件公判前整理手続に付するよう裁判所に意見を述べる方針となり、同手続に付される事件数も急増している。

公判前整理手続に付された事件の弁護人は、限られた期間内に、被告人との間で意思疎通を図りつつ、捜査機関の手持ち証拠全てが開示されない中で法律上与えられた証拠開示請求権を駆使しながら、事案の真相や検察官の主張・立証の問題点をできる限り把握し、弁護側の主張・立証計画を立てなければならない。従前のように、検察官立証が終わった後に弁護人の立証計画を明らかにすることは許されない。弁護人は、整理手続後の証拠調請求が厳しく制限されることを念頭に置き、短期間に集中的に活動する必要に迫られ、弁護活動の負担は大幅に増加し、極めて困難な活動が強いられている。このように、公判前整理手続事件における弁護人は、新たな手続の下での事件処理に多大な困難と甚大な負担を強いられている。

そして、裁判員制度の実施が2009年5月までになされる予定である。裁判員制度実施後は、対象事件が公判前整理手続に必ず付される上、公判審理も、一般国民から選任された裁判員の負担や理解を考慮し、迅速で分かりやすいものとする必要がある(裁判員法51条)。このように裁判員裁判を担当する弁護人には、これまでと質的に全く異なる弁護活動が要求される。

他方、2006年10月に被疑者国選弁護制度が、第1段階として、法定合議事件などについて開始されたが、2009年5月までに、第2段階として、同制度の適用範囲が必要的弁護事件へと大幅に拡大される。被疑者国選対象事件数は、この第2段階を迎えると、第1段階の10倍をはるかに超えて増加する見込みである(全国では被疑者国選弁護事件数が第1段階の7000〜8000件から第2段階は9万〜10万件へと増加すると予想されている)。

このように、国選弁護事件は、単に刑事裁判事件の大多数を占めるにとどまらず、2009年5月に向けて、被疑者段階・被告人段階を問わず、質的にも量的にも飛躍的に変化・拡大し、国選弁護事件を担当するわれわれ弁護士に格段の負担増を強いることが見込まれる。

3 弁護人依頼権の内容としての実質的援助の保障

  

ところで憲法34条前段の規定は、被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障していると解されている(最高裁平成11年3月24日大法廷判決)。また、弁護人から受ける援助それ自体が実質的なものでなければ意味がない。憲法34条前段、37条3項前段所定の被疑者・被告人の弁護人依頼権には、弁護人から実質的な援助が得られることまで保障されていると解さなければならない。

国選弁護制度は、被疑者・被告人が貧困その他の事情で自ら弁護人を依頼することができない場合に、裁判所等が弁護人を選任し、その報酬等は国が負担するというものである。これは弁護人依頼権の実質が、貧富等の事情で差異を生じることのないよう設けられた制度である。

国選弁護活動は、われわれ弁護士が自己の法律事務所を維持しながら職業として行う活動である。その活動に対する報酬として十分な額が支払われ、実費全額が支払われなければ、弁護士が被疑者・被告人に対して十分な弁護活動を行い、実質的な援助を与えることもままならない。また、国選弁護人報酬額は、弁護人が被疑者・被告人の人権を守り社会正義の実現に努める職責を担う法律の専門家であること及び当事者主義的色彩の濃い現行刑事裁判制度のもとでその役割が極めて重要であることに鑑み、これにふさわしい報酬であるべきであり、報酬支給に際し慎重な配慮が望まれる(最高裁昭和63年11月29日決定坂上壽夫裁判官補足意見)。

したがって、国は、被疑者・被告人が国選弁護人から実質的援助を受けるために十分な報酬等が、日本司法支援センターから国選弁護人に対し、支払われるよう必要な財政的措置を講ずる義務を負うと解すべきである。

とりわけ、上述のように、国選弁護事件が、刑事裁判事件の大多数を占めている上、2009年5月に向けて、被疑者段階・被告人段階を問わず、弁護活動が質的にも量的にも飛躍的に変化・拡大し、弁護人に格段の負担増が予想される状況においては、国選弁護活動の質を維持しつつ十分な国選弁護対応態勢を確保するためにも、必要十分な報酬等が国選弁護人に支払われるよう財政的措置が講じられる必要が極めて高くなっている。

4 具体的な報酬額について

弁護人の弁護活動は、事案の内容・性質に応じ、被疑者・被告人と相当回数接見し、事情聴取、助言などを行う他、記録検討、資料調査、現場調査、事件関係者等との面談・事情聴取、被害者との示談交渉、被害弁償など、その活動内容は多岐にわたる。

多くの弁護士が事務所を賃借し、事務職員を雇用し、事務所に電話、コピー機、ファクシミリ、パソコン等の事務機器を備え、年間1500万円ないしは2000万円前後の経費を負担して業務を遂行している。その中で、国選弁護事件は、被疑者・被告人の人権確保のために弁護人が誠実に取り組めば取り組むほど、事務所経営を圧迫し、事務所維持を困難にする業務となっている。

したがって、われわれ弁護士が職業として国選弁護人の職務を遂行し、その責任を全うするためには、少なくとも以下の水準による報酬額や費用の支給が確保されなければならない。


    国選弁護人に対し、起訴前の被疑者弁護については20万円以上、起訴後の被告人弁護については、標準的な自白事件において20万円以上が報酬として支払われなければならない。
    また、国選弁護活動をするにあたっては、刑事記録謄写費用、交通費、通信費、通訳料、翻訳料等の費用支出が必要だが、弁護活動に要したこれら実費全額が支給されなければならない。
    否認事件、公判前整理手続に付された事件、裁判員裁判事件、その他の重大あるいは困難な事件については、国選弁護人の報酬額は、その労力、実働時間に見合った相当な増額がなされなければならない。

5 前回の決議以降の状況

 

当連合会は、改正刑事訴訟法、同規則施行に先立つ2005(平成17)年10月21日、政府(法務・財務当局)及び国会に対し、上述のような最低限の報酬額と弁護活動に要した実費全額とを国選弁護人に支払うための予算措置をとるよう要望し、その実現のために、妥当な国選弁護人報酬額を専門的見識に基づき検討する有識者による審議会を設置し、速やかな増額措置をとるよう求める旨、決議した。

しかし、その後も国選弁護人に報酬や費用等を支払うための国家予算は、増額措置がとられておらず、妥当な国選弁護人報酬額を検討する動きも政府内に見られないようである。

そして、上記決議後も、国選弁護人に支払われている報酬等の金額は低廉なままである。

国選弁護人に対する報酬等の支払は、2006(平成18)年10月に日本司法支援センターが業務を開始するまでは、裁判所によってなされてきたが、最高裁判所が定めた国選弁護人に対する報酬支給基準額は、上記決議以後、地方裁判所標準事件(3開廷)1件あたりさらに100円減額され、平成18年度以降は8万5100円であった。

6 日本司法支援センター業務開始以後の状況

2006(平成18)年10月に日本司法支援センターが業務を開始した。その後の国選弁護事件は、同センターから報酬等の支払がなされるようになったが、同センターにおける国選弁護人報酬等の算定基準もまた、極めて不十分な内容である。

すなわち、国選弁護人の報酬額は、地方裁判所標準事件(公判前整理手続に付されておらず、公判審理2回、判決宣告1回の3開廷事件)の被告人国選の場合で、それが単独事件のときは、通常報酬がわずか8万円に止まっている。2005(平成17)年におけるわが国の通常第一審事件(全地方裁判所)の終局総人員中、国選弁護人が付された被告人数は5万9837人だが、そのうち単独事件の被告人数が5万6114人(93.8%)をも占めている。この被告人国選弁護事件の大多数を占める単独事件で、日本司法支援センターから被告人国選弁護人に対し支払われる報酬額は、従前の最高裁判所策定の報酬支給基準額をも下回る低額である。

被疑者国選の場合は、基礎報酬額が2万4000円(接見回数1回まで)、接見2回目以降、接見回数が増える応じて基準接見回数までは1回当たり2万円の加算がなされるが、接見回数が基準接見回数をいくら超えようとも、その後の加算は2万円が上限というのが日本司法支援センターの算定基準である。

さらに日本司法支援センターの算定基準では、国選弁護人が弁護活動のために支出した実費もその一部しか支給されない。記録謄写料は200枚を超える部分につき1枚当たり20円が支払われるにとどまるし、頻回の接見等により交通費支出が嵩んでも、1回の移動距離が一定以上の遠距離でなければ全く支給されない、といった内容である。この算定基準では、大多数の被告人国選弁護事件で、国選弁護人に支払われる報酬額や費用額が日本司法支援センターの業務開始前よりも明らかに低額化している。このような状態が続くようでは2009(平成21)年5月に向けて、国選弁護人に飛躍的な負担増が予想される状況下で、国選弁護活動の質を維持しつつ十分な国選弁護対応態勢を確保することなど到底できない。

7 結語

よって、当連合会は、

日本司法支援センターに対しては、国選弁護人の事務に関する契約約款第16条所定の報酬及び費用の算定基準を、上述の最低限の国選弁護人報酬額と弁護活動に要した実費全額とを国選弁護人に支払う内容に変更し法務大臣の認可を受けるよう、

政府(法務・財務当局)及び国会に対しては、かかる算定基準の変更を実施できるような日本司法支援センターに対する財政的措置を講ずるよう、それぞれ改めて要望するとともに、

日本司法支援センター及び政府(法務・財務当局)に対し、そのような算定基準の変更や予算措置を実現するために、適切・妥当な国選弁護人報酬額を専門的見識に基づき検討する、有識者による審議会等を設置するよう改めて強く求める次第である。


以 上




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