中部弁護士会連合会

中弁連からのお知らせ

取調べの可視化の実現を求める決議・提案理由

1 取調べの可視化の必要性

憲法第38条第1項及び刑事訴訟法第198条等は被疑者に黙秘権を保障し、被疑者に対する自白の強要が禁止されている。

しかし捜査機関の密室での取調べにおいて、被疑者に対し暴力・脅迫・偽計・利益誘導等による自白の強要が行われてきており、現在もこのような取調べが後を絶たない。

さらに、このような不当な取調べにより内容虚偽の供述調書が作成され誤判の原因となってきたが、公判廷でこのような供述調書の任意性・信用性が争われ、取調状況が問題になった場合でも、取調状況を明らかにする客観的な証拠が残っていないために、法廷で取調担当官と被告人とがそれぞれ証言・供述をすることにより、取調状況を再現するという方法に拠らざるを得ず、決め手となる証拠が無いために往々にして水掛け論に終わり、調書の任意性・信用性の判断は極めて困難であるばかりか、裁判の長期化を招いてきた。

そして、わが国の刑事裁判は、捜査段階での取調べにより作成された自白調書に強く依存しているため、内容虚偽の自白調書が信用に足るものとされた結果、多くの冤罪事件が生み出されてきた。

このことは、被疑者の取調過程についてだけでなく、参考人の取調過程についても同様に言えることである。即ち、参考人に対する不当な取調べの結果、内容虚偽の供述調書が作成され、公判においてこの調書が不同意とされ取調担当官と参考人が証言することにより取調状況の再現が延々となされ、被告人の供述調書の任意性・信用性と同様、往々にして水掛け論に終わることになる。そして、裁判所により捜査段階の供述調書が特信性ありとして採用され、内容虚偽の供述調書が信用に足るものとされた結果、冤罪事件を生む原因となってきた。

しかし、取調べの全過程を録画・録音することで、取調状況を明らかにし、それにより水掛け論の不毛な争いを避け裁判を迅速・充実化し、さらには誤判による冤罪を防止することができるものである。特に、近時の記録媒体の進歩により、取調べの可視化は捜査機関にとって財政的にも労力的にも過大な負担を強いるものではなくなっており、可視化を導入することは十分可能な状態にある。既に諸外国においては、被疑者の取調べの可視化が広く実施されるようになっている。2006(平成18)年9月8日に日本弁護士連合会が福岡で開催した第9回国選弁護シンポジウムにおいて、近隣の台湾及び韓国においても取調べの可視化が進展していることが報告された。取調べの可視化は今や世界的潮流である。

さらに、2009(平成21)年5月までに実施される裁判員制度のもとにおいては、迅速かつ一般市民にとって分かりやすい審理が求められるため、できるだけ明瞭な証拠を提出することが必要であり、これまでのように自白の任意性・信用性をめぐって長時間証人尋問を繰り返すということは不可能である。裁判員制度にとって、取調べの可視化は正に必要不可欠である。

2 最高検察庁による可視化の試行について

このような中、2006(平成18)年5月9日、法務大臣により、裁判員対象事件の一部に関し、検察官による被疑者の取調べの録音・録画を試行することになった旨の会見がなされ、最高検察庁の次長コメントも発表された。

しかしながら、上記発表で明らかにされた検察庁の方針はまだ極めて不十分であると言わざるをえない。

まず、検察庁の方針は、「裁判員対象事件に関し、立証責任を有する検察官の判断と責任において、任意性の効果的・効率的な立証のため必要性が認められる事件について、取調べの機能を損なわない範囲内で、検察官による被疑者の取調べのうち相当と認められる部分の録音・録画を行うことについて、試行する」としており、取調べの過程のうち、どの部分を可視化するかが検察官の裁量に任されている。しかし、自白調書が作成された過程は、取調べの一部分のみ録画・録音すれば明らかになるというものではなく、取調べの全過程が記録されなければ意味をなさない。検察官の裁量により、検察官が必要と考える部分についてのみ録画・録音がなされた場合には、自白に至る過程が省略され、自白した内容についてのみ録画・録音がなされることにもなりかねず、そこに至る強要・偽計等を明らかにすることはできず、却ってそれを観る裁判員等に自白結果のみを印象づけることになり、裁判員に誤解を生ぜしめる危険性がある。一部分のみの録画・録音では、無意味なばかりではなく、危険性があることを認識しなければならない。

次に、検察庁の方針は、警察での取調べについては可視化の対象となっていない。しかし、自白の強要が警察段階でなされ、検察官による取調べの段階では、既に強要による自白が完成していることが多いのが実情であることを考えた場合、警察段階における取調べの可視化がなされなければ殆ど無意味と言わざるを得ない。警察での取調べの録画・録音は、検察官の指揮権(刑事訴訟法第193条、第194条)により当然に可能と考えられ、本件試行に併せて、警察の取調べの可視化も実施されるべきである。

また、検察庁の方針では、被疑者の取調べのみを対象とするが、可視化が必要なのは、被疑者の取調べだけでなく、参考人の取調べについても同様である。参考人の取調べの可視化も実施されるべきである。

さらに、検察庁の方針では、試行地域として東京が中心になると伝えられている。しかし、2006(平成18)年1月24日には、豊川の男児殺害事件において、名古屋地方裁判所により自白の信用性を否定し被告人を無罪とする判決が言い渡されたことをはじめとして、当連合会の区域内においても、自白の任意性・信用性について争われる事件が後を絶たないことから、東京中心だけでなく、全地域で実施すべきである。

加えて、可視化の実施の方法についても、不適切な方法でなされると、結局は、可視化制度を骨抜きにする危険性がある。そこで、以下の条件を満たした方法でなされなければならない。


    取調官及び被疑者の双方の姿が同時に録画され、死角がないようにすること。
    取調官及び被疑者双方の発言が、確実に録音されるようにすること。
    録画・録音の年月日時分秒が自動的に記録されるようにすること。
    録画・録音の内容は、複数の記録媒体に同時に記録し、うち一本は録画・録音終了と同時に封印するものとすること。
    被疑者に録画・録音の開始、中断及び終了が告知されること。
    録画・録音装置は、被疑者に心理的な圧迫を与えない大きさ、形状、設置位置とするように工夫すること。但し、録画・録音のいわゆる隠し撮りとならないよう、前項の告知が確実に行われることが前提とされること。

3 改正刑訴規則による録画・録音の要請

 2005(平成17)年11月に施行された改正刑事訴訟規則第198条の4は、「検察官は、被告人又は被告人以外の者の供述に関し、その取調べの状況を立証しようとするときは、できる限り、取調べの状況を記録した書面その他の取調べ状況に関する資料を用いるなどして、迅速かつ的確な立証に努めなければならない。」と定めている。この規定は、裁判員裁判に備え、分かり易く迅速な裁判を実現するために、供述調書の任意性や特信性、信用性が争点となった場合に、従来のように、取調官と被告人、参考人の証言、供述により取調状況を再現する方法ではなく、取調べの録画・録音により、任意性、特信性、信用性を証明すべき義務を課したものであり、正に最高裁判所が取調べ過程の可視化を求めたものに他ならない。この規定の趣旨を正しく活かすため、裁判所において、全取調過程の録画・録音等客観的資料がない限り、その供述調書の任意性、特信性、信用性を肯定しない運用を確立する必要がある。

4 結論

よって、当連合会は、

国に対しては、地域を問わず全事件について、警察段階も含めた被疑者、参考人の全取調過程についての録画・録音を早急に実現すること、その実施にあたっては、適切な方法による録画・録音を行うことを求める。

また、裁判所に対しては、全取調過程の録画・録音等客観的資料がない限り、その供述調書の任意性、特信性、信用性を肯定しない運用を確立することを求める。

当連合会は、これらの点の実現のため、引き続き、全力を挙げて取り組んでいくことを決意し、本決議に至ったものである。


以 上




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