中部弁護士会連合会

中弁連からのお知らせ

自然環境政策に対する実効的な住民参加の実現に向けた提言(宣言)・提案理由

1 自然環境と人間生活

自然は、人間生活にとって、広い意味での自然環境を形成し、生命をはぐくむ母胎であり、限りない恩恵を与えるものである(1973年 自然環境保全基本方針)。

人間は、古くから衣食住を始めとする生活の基盤を得るだけでなく、生産活動やレクリエーションに利用してきた。特に、自然環境の豊かな我が国においては、地域ごとに様々な自然環境が形成されており、そこでの住民は、自然を巧みに利用し、ときには自然と闘いながら、様々な独特の文化を形成していた。

2 自然環境の破壊

ところが、このような当たり前のような自然環境の価値は、最近までほとんど目を向けられず、自然はもっぱら開発の対象であり、開発こそが国民経済にかなうものとされて次々と破壊されていった。

明治時代にさかのぼると、我が国は、「富国強兵」「殖産興業」のスローガンのもと開発が進められ、足尾銅山鉱毒事件に代表されるような公害事件へと発展していった。ここでは、自然環境はおろか、人間生活までもが開発の名の下に軽視され、地域住民が犠牲になっていった。戦後になると、高度成長政策により様々な開発が進められ、各地で湾岸の埋め立て、大規模干拓、高速道路網や新幹線の建設、大規模ダム建設、河川改修などが進められ、豊かな自然環境が次々と失われていった。

これら開発推進の意思決定は、官僚、首長、議員などの施政者が中心であり、開発によって失われる自然を生活の基盤として利用してきた住民が意見を言う機会はほとんど与えられていなかったのである。

3 「持続可能な開発(発展)」の理念

1992年、リオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球環境サミット)において採択された「環境と開発に関するリオ宣言」において、「持続可能な開発(発展)」が唱われた。

この「持続可能な開発(発展)」は、生態系の保全など自然のキャパシティ内での自然環境の利用や、開発(発展)の権利は、現在及び将来の世代の発展及び環境上の必要性を衡平に満たすことができるように行使されなければならないという世代間の衡平などを内容とするものであるが、世界中で環境に対する理念として受け入れられ、わが国においても、環境基本法にその理念が反映され、あるいは新・生物多様性国家戦略が策定されるなど受け入れられるようになった。

しかし、このような理念が受け入れられるようになっても、開発重視の政策が抜本的に見直され、現実の施策に充分に反映されているとは言い難い。

4 自然環境と住民参加

自然環境は、生態系の微妙なバランスのもとに成り立っていることが多く、このように自然環境に配慮した施策を実現するためには、自然環境に対して関心を持つ環境団体や、自然を身近な存在としてとらえる住民のきめ細かな意見が施策に反映される必要がある。今日において、種々の施策において住民参加が叫ばれるようになってはいるが、自然環境の分野においては、他の分野に比較して、より一層住民参加が求められるべきである。

もとより住民は、自然を生活の基盤として利用する利害関係人であり、開発によって生活の基盤が失われるとすれば、その意見表明の機会を与えることは不可欠のことであるし、地域によって様々な自然環境において、自然的、地理的、文化的な事情を反映させるためには、身近な自然の共有者である住民の智恵に学ぶことは少なくないはずである。このような住民は、地域の経済的、社会的利益との軋轢を回避するためにも、利害関係者として不可欠の存在であり、住民を交えた議論により初めて、自然環境の保全と経済活動との調整が可能なはずである。また、近年は里山に代表される二次的自然の保全が大きな課題になっている。二次的自然の保全にあたっては、日常的な管理を行う協力者の存在が必要であり、住民はその貴重な担い手である。このような住民が、協働者として意思決定に参加することは不可避である。

5 現行法制度における住民参加

自然環境政策において、住民参加は不可欠の要請であるというべきであるが、現行法では制度としては極めて不十分といわざるを得ない。すなわち、自然環境の保全に関する法令としては、環境基本法、自然環境保全法、環境影響評価法を始め、各種分野において、自然公園法、森林法、河川法、海岸法、都市計画法、鳥獣保護狩猟法、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律、文化財保護法などが機能することになる。しかし、これらの法令における住民参加は、個別の法令に記載される意見書提出、公聴会・説明会、審議会への諮問など限られたものにすぎない。その上運用は形骸化し、実際に住民意見が反映されることはほとんどない。

近年の自然環境政策に対する住民参加の要請の高まりもあり、若干ではあるが法令改正によって、その整備がされるものも見受けられる。例えば、河川法では、1997年改正により、目的に「河川環境の整備」が加え、「河川管理者は、河川整備計画の案を作成しようとする場合において必要があると認めるときは、河川に関し学識経験を有する者の意見を聴かなければならない。」(16条3項)「河川管理者は、前項に規定する場合において必要があると認めるときは、公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない。」(16条4項)という規定が設けられ、河川管理者が必要があると認めるときとの限定はあるにしろ、住民の意見を反映させるべき場面が明文化された。また、自然公園法では、2002年改正により、国立公園または国定公園内の自然の風景地の保護と、その適正な利用を図ることを目的として設立された団体につき、公園管理団体として指定する制度が設けられ(37条)、環境大臣もしくは地方公共団体、または公園区域内の土地所有者等との風景地保護協定(31条)といった制度が設けられ、これまでのような行政が主体となるのではなく、住民が主体となった自然環境の保全の制度が明文化された。

しかし、個別の法令の改正では、多岐にわたる自然環境政策の分野全般について、住民参加を実現することは困難であり、自然環境政策において住民参加を実現するためには、全般を網羅的に制度として保障していく必要がある。

これまでの住民参加のための諸制度が形骸化されているといわれるのは、住民が意見を言えるのは、多くは既に策定された施策を容易に変更し得ない行政による意思決定がなされた後のことであり、その意見を反映しづらいことに加え、住民が意見を唱えたとしても行政がこれに応える義務がないことから意見が放置され、住民意見が「言いっ放し」、「聞きっ放し」で終わっていたことなどに起因する。また、住民が意見を言おうにも住民に対して適切な時期に必要な情報が提供されないことが多いこともその要因として挙げられる。

したがって、自然環境政策において住民参加を実現するためには、まずは環境に対する総則的法律ともいうべき環境基本法に住民参加に関する規定をもうけ、少なくとも国及び地方公共団体に対し、住民からの意見に対する応答義務を課し、住民からの政策に対する提案権ともいうべき発議権などを具体的に盛り込む必要がある。また、国及び地方公共団体が開発主体となっているときはもちろん、私企業が開発主体となっている場合も含め、開発主体が保有する環境情報に対するアクセス権も住民参加の前提として盛り込むべきである。

6 自然環境政策における地方公共団体の役割

自然環境は地域によって様々であり、また住民と自然との関わり方も、その地域によって様々である。このように多種多様な自然環境に対する政策決定は、全国画一的に決定することはできず、地域の実情に応じた対応が必要となってくる。

かつて地方公共団体は、住民の生活環境を守るために、公害防止条例を制定し、地方の実情に応じて横出しあるいは上乗せの規制を行うなど、法律では対処できない地方の実情に応じた対処を行ってきた。今後は、自然環境政策においても地方公共団体が、住民の自然環境の保全に対する要望を的確に把握し、その独自性を発揮して、独創的な条例を制定するなどの対応が求められる。2000年に地方分権一括法が施行されて機関委任事務が廃止され、多くの事務は法定受託事務か、自治事務に振り分けられることになったが、いずれも自治体の事務となったため、その重要性は一層増しているといえる。既に多くの地方公共団体が環境基本条例をはじめ、自然保護条例、景観条例、希少野生動植物を保護する条例などを制定している。一部地方公共団体は、例えば、環境影響評価条例において、事業者に対して住民意見に対する見解書提出義務を課したり、環境影響評価方法書の提出時期を、対象事業の内容がおおむね特定され、かつ、環境影響評価その他の手続によって得られる情報及び意見を考慮して環境への配慮を対象事業の内容に反映させることが可能と認められる時期とするなどしている。これらは各地における住民の自然環境の保全に対する要望を的確に把握し、その独自性を発揮した結果であり、各地方公共団体は、今後もこのような取り組みをしていくべきである。

また、現行の制度化においても、住民参加を実質的なものとするように創意工夫を図っている地方公共団体も少なくない。例えば、三重県は、森林法によって策定が義務づけられている民有林の計画的管理を内容とする地域森林計画の策定にあたり、住民参加の機会を保障するためワークショップによる計画の策定を試みている。この取り組みは、試行錯誤の段階であって、住民の参加を充分に実現したとはいまだ言い難いものではあるが、地方公共団体における創意工夫として特筆すべきものの一つである。各地方公共団体は、こういった例を参考にしながら、それぞれが独創的な発想によって、実質的な住民参加を実現していくことが期待される。

7 結論

以上の理由により、当連合会は、本提言に及ぶ。

以 上




戻る




Copyright 2007 CHUBU Federation of Bar Associations