中部弁護士会連合会

中弁連からのお知らせ

裁判迅速化法の施行に当たり
司法インフラの抜本的拡充等を求める決議・提案理由

第1 はじめに

  1. 民事訴訟法の改正や訴訟関係者の努力によって、近年、訴訟の迅速化が進んでいる。
     例えば、名古屋地方裁判所(支部を含む)では、平成3年から平成13年までの間に平均審理期間は下記のとおり短縮している。
    • 民事第一審通常事件   11.90ヶ月→9.40ヶ月
    • 刑事第一審通常事件    3.40ヶ月→3.25ヶ月

     これは、名古屋地方裁判所に限ったことではなく、最高裁判所が昨年12月2日に司法改革推進本部で行ったプレゼンテーション資料でも、平成13年は、地裁民事通常第一審事件の平均審理期間が、全体では8.5ヶ月、人証調べの行われた事件でも19.2ヶ月で、審理期間が2年を超えた事件は全体の7.2%とされており、地裁刑事第一審通常事件の平均審理期間が、全体では3.3ヶ月、否認事件でも9.7ヶ月で、98.2%の事件が1年以内に終了しており、審理期間が2年を超えた事件は全体の0.4%に過ぎないとされていることから、明らかである。なお、最高裁判所は、上記0.4%の事件について「事案複雑な否認事件が多数」だとしている。

  2. このような現状にある中、政府は、昨年11月11日の司法制度改革推進本部の顧問会議で、「第一審の訴訟手続については2年以内のできるだけ短い期間にこれを終局させ、その他の裁判所における手続についてもそれぞれの手続に応じてできるだけ短い期間内にこれを終局させる」ことを目標とする法律案(裁判の迅速化に関する法律案。以下、同法律案を「裁判迅速化法案」、成立した同法律を「裁判迅速化法」という)を成立させる旨の意向を表明し、本年3月14日、同法案を国会に提出した。

  3. しかし、前述のとおり、今直ちにこのような法律を制定しなければならないような立法事実があると言えるか疑問があり、また、発表された裁判迅速化法案の内容は、専ら裁判の迅速化のみを強調するものであって、「裁判の充実・迅速化」を一体として求める平成13年6月12日の司法制度改革審議会意見書(以下、「審議会意見書」という)の内容ともそぐわないものであった。

第2 日弁連を中心とした弁護士会の取り組みと法案の成立

  1. もとより、迅速な裁判を受けるのは国民の重要な権利であって、民事裁判において国民の権利・利益が充実した審理により適正・迅速に実現され、刑事裁判において被告人の権利が適正に守られつつ迅速に刑罰権が行使されることが、今日の裁判に求められる重要な要請であることは間違いない。
     しかし、他方で、充実した審理こそが裁判の生命であることは論を待たない。裁判の迅速化は、裁判の適正・充実を前提に進められるべきであり、審理を手抜きして迅速化が図られるようなことがあってはならないのであって、拙速な審理が国民の裁判を受ける権利を著しく損なうことは明らかである。
     われわれ弁護士会は、このような観点に立って、「迅速化に当たっては、当事者の正当な権利・利益が害されるようなことがあってはならない」、「国の責務として、裁判の充実・迅速化を支える司法インフラの倍増計画を確立し、そのために不可欠な財政的措置をとるとともに、証拠収集・証拠開示など迅速化のために不可欠な制度的基盤の充実を図る」ことなどを盛り込むことを柱とする同法案の抜本的改正を求めて、日弁連を中心に司法制度改革推進本部や各政党に対して積極的な活動を展開するとともに、当連合会の各単位会も地元国会議員に対して同様の活動を展開した。

  2. こうしたわれわれの活動もあって、裁判迅速化法案は、衆議院において、目的条項に「充実した手続の下で」ということが盛り込まれ、当事者等(注:当事者、代理人、弁護人を含む)の責務条項に第2項として「前項の規定は当事者等の正当な権利の行使を妨げるものと解してはならない」ことが明記される等の修正をされた上、同年7月9日、参議院において可決され法律として成立した。
     さらに、衆参両議院においてこの法案を可決するに当たり、政府及び最高裁判所に対し、裁判迅速化法の施行に当たっては、以下の事項について「格段の配慮をすべき」ことを求める付帯決議がそれぞれなされた。

    (衆議院)
    1. 裁判所における手続の迅速化については、当事者の正当な権利・利益が害されないよう、当事者の人権に十分配慮し、当事者の防御権を損なうことのないよう、十分な配慮をすること。
    2. 最高裁判所による検証については、裁判の独立並びに関係者のプライバシーを十分尊重しつつ、総合的、客観的かつ多角的な検証を確保するため、法曹三者の協力に加え、外部有識者の関与を認めるよう、必要な措置をとること。
    3. 裁判の迅速化に資するため、裁判官、検察官及び関係職員の増員並びに裁判所施設の拡充など、人的・物的体制の整備に努めるよう、必要な予算措置をとること。

    (参議院)
    1. 裁判所における手続の迅速化については、その手続において当事者の正当な権利が保障され、また、当事者の納得の得られる適正・充実した審理が行われることが前提であり、二年以内の終局目標のみにとらわれた拙速な審理とならないよう、十分留意すること。
    2. 裁判所における手続の充実と迅速化を一体として実現するため、民事裁判における証拠収集手続の一層の拡充並びに刑事裁判における証人尋問中心の公判手続の実施、検察官手持証拠の事前開示の拡充に努めるとともに、取調べ状況の客観的信用性担保のための可視化等を含めた制度・運用について検討を進めること。
    3. 最高裁判所による検証については、裁判の独立及び関係者のプライバシーを十分尊重するとともに、総合的、客観的かつ多角的な検証を確保するため、法曹三者の協力による裁判手続の実状を踏まえた検証手続や外部有識者の関与した検証を実施するなど、必要な措置を講ずること。また、検証に当たっては、裁判官に対する人事評価等、検証の目的以外に流用されることのないよう、適正な配慮をすること。
    4. 裁判の迅速化に資するため、裁判官、検察官及び関係職員の増員並びに裁判所施設の拡充など、人的・物的体制の整備を図ること。

第3 司法の人的・物的体制整備の重要性

  1. 前述のとおり、裁判迅速化法に手続の充実や当事者等の正当な権利行使の尊重が盛り込まれたこと、同法の成立に当たり、衆参両議院において上記のような付帯決議がなされたことの意義は大きいが、中でも、人的・物的体制の整備は、全ての事柄の前提になることであり、そのことについて格段の配慮を求める付帯決議が衆参両議院でなされたことの意義は、我が国の司法制度の改革にとって極めて大きい。

  2. 当連合会の各単位会では、「市民の司法」・「利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法」の実現を目標に、司法の現状を把握し、その現状を基にあるべき司法の姿を考え、提言するために、各単位会ごとに「地域司法計画」を策定したが、その中で確認された司法の現状は、多くの問題点を抱えており、中でも、裁判所の人的体制は、以下のとおり極めて貧弱である。

    1. 愛知県では、平成3年から平成13年までの10年間に、名古屋地方裁判所(支部を含む)の民事行政事件数(新受)は2.08倍、刑事事件第一審通常訴訟件数(新受)は1.69倍、名古屋家庭裁判所(支部を含む)の家事審判事件数(新受)は1.94倍に、ぞれぞれ増加しているにもかかわらず、同地方裁判所及び家庭裁判所の裁判官数は同じ期間中に69名が77名へと1.1倍に増加したにすぎない。

    2. 岐阜県では、平成3年から平成13年までの10年間に、岐阜地方裁判所(支部を含む)の民事行政事件数(新受)は2.06倍、刑事事件第一審通常訴訟件数(新受)は1.18倍、岐阜家庭裁判所(支部を含む)の家事審判事件数(新受)は2.22倍に、それぞれ増加しているにもかかわらず、同地方裁判所及び家庭裁判所の裁判官数は同じ期間中に16名が20名へと1.25倍に増加したにすぎない。
       また、八幡簡易裁判所と中津川簡易裁判所には裁判官が常駐していない。

    3. 三重県では、平成3年から平成13年までの10年間に、津地方裁判所(支部を含む)の民事行政事件数(新受)は2.05倍、刑事事件第一審通常訴訟件数(新受)は1.69倍、津家庭裁判所(支部を含む)の家事審判事件数(新受)は2.05倍に、それぞれ増加しているにもかかわらず、少なくとも平成8年から平成13年までの5年間に裁判官数の増加は見られない。
       また、尾鷲簡易裁判所には裁判官が常駐していない。

    4. 福井県では、平成3年から平成13年までの10年間に、福井地方裁判所(支部を含む)の民事行政事件数(新受)は1.77倍、刑事事件第一審通常訴訟件数(新受)は1.41倍、福井家庭裁判所(支部を含む)の家事審判事件数(新受)は1.78倍に、それぞれ増加しているにもかかわらず、同じ期間中に裁判官数の増加は見られない。
       また、武生簡易裁判所と敦賀簡易裁判所には裁判官が常駐していない。

    5. 石川県では、平成3年から平成13年までの10年間に、金沢地方裁判所(支部を含む)の民事行政事件数(新受)は1.72倍、刑事事件第一審通常訴訟件数(新受)は2.01倍、金沢家庭裁判所(支部を含む)の家事審判事件数(新受)が1.88倍に、それぞれ増加しているにもかかわらず、裁判官数は同じ期間中に13名から15名へと1.15倍に増加したにすぎない。
       また、地裁輪島支部・輪島簡易裁判所と珠洲簡易裁判所には裁判官が常駐していない。

    6. 富山県では、平成3年から平成13年までの10年間に、富山地方裁判所(支部を含む)の民事行政事件数(新受)は1.82倍に、刑事事件第一審通常訴訟件数(新受)は1.42倍、富山家庭裁判所(支部を含む)の家事審判事件数(新受)が1.71倍に、それぞれ増加しているところ、裁判官数の増加は見られない。
       また、地裁魚津支部・魚津簡易裁判所と砺波簡易裁判所には裁判官が常駐していない。

  3. このように、現在の裁判所の状況は、事件数の増加にもかかわらず裁判官はほとんど増えておらず、しかも一方で前述のとおり平均審理期間はかなり短縮しているのであるから、1件当たりにかける手間と時間は大幅に減少している。裁判官は多くの手持ち事件を抱えながら余裕もなく日々の事件処理に追われている実情にあり、これでは到底丁寧で充実した審理は望むべくもない。また、簡易裁判所や支部で裁判官が常駐しないところが多くあるが、これでは市民に身近で利用しやすい裁判所とは到底いえない。このような裁判官の状況は、それに合わせて配置される書記官等の職員や裁判所施設を含め、司法の人的・物的体制全体の貧弱さを示している。

  4. こうした司法の現状について抜本的な改革の行われないまま、裁判迅速化法のいう「第一審訴訟手続の2年以内の終結」ということが形式的に実施に移された場合には、裁判が「拙速」に陥り、当事者の正当な権利・利益が著しく侵害されるおそれが大きい。

  5. もとより、弁護士についても、裁判の迅速化の観点から、これまでの執務態勢を見直し、その充実強化を図っていく必要があることは論を待たない。また、「利用しやすい司法」の観点から、法律相談所や公設事務所の設置など「弁護士過疎」の解消に向けた努力もしていかなければならない。われわれは、それらの重要性を自覚し、これまでもITの活用等による執務の効率化、専門性の強化、事務所の共同化・法人化など執務態勢の充実強化に向けた取組みを進めるとともに、法律相談所の設置を進め、愛知県に8ヶ所、岐阜県に6ヶ所、三重県に6ヶ所、福井県に4ヶ所、石川県に4ヶ所、富山県に3ヶ所、これを設置した。更に、三重県の熊野市に公設事務所を設置し、これから福井県小浜市と石川県輪島市に公設事務所を設置する予定である。われわれは、今後ともこうした活動を継続していく決意である。

  6. 来年4月には法科大学院が開校され、これに伴って司法試験の合格者数は、本年は1,500人に、2010年には3,000人に増加されることになっており、裁判官等を増加させる基盤は十分に整えられつつある。「市民の司法」・「利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法」が実現できるかどうかは、国が、裁判官の増加や裁判所施設の拡充等、司法インフラの抜本的拡充を図る意思を持ち、これに必要な財政的措置を採るかどうかに懸かっている。

第4 充実した審理のための手続整備の必要性

また、審理の充実を犠牲にしてはならないことは、「裁判の迅速化は、充実した手続を実施すること並びにこれを支える制度及び体制の整備を図ることにより行われるものとする」と定める法律上の規定からも明らかであるが、さらに参議院の付帯決議で、「裁判所における手続の充実と迅速化を一体として実現するため、民事裁判における証拠収集手続の一層の拡充並びに刑事裁判における証人尋問中心の公判手続きの実施、検察官手持証拠の事前開示の拡充に努めるとともに、取調べ状況の客観的信用性担保のための可視化等を含めた制度・運用について検討を進めること」が求められたことは極めて重要である。裁判の迅速化は、司法インフラの抜本的拡充とともにこのような手続整備を前提として、進められるべきものである。とくに、「審理の充実」の度合は数値化されにくく検証も困難であるため、充実がなおざりにされて迅速化のみが先行するのではないかとの懸念が強い。絶対にそのようなことがあってはならない。

第5 結論

                              

以上のとおりであり、当連合会は、21世紀に相応しい「市民の司法」・「利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法」を実現するため、自らも弁護士の執務態勢の充実強化に引き続き努力することを決意するとともに、裁判迅速化法が成立した今、国に対し、衆参両議院の付帯決議に則って、必要な予算措置をとって裁判官の増員や裁判所施設の拡充等、司法インフラの抜本的拡充を行うよう、強く要請する。

また、併せて、最高裁判所及び当連合会管内の各裁判所に対し、司法インフラの抜本的拡充のないまま、裁判迅速化法の形式的運用を行うことや、審理の充実を犠牲にして裁判の迅速のみを推進するようなことのないよう、強く要請する。


以 上




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