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国及び地方公共団体による、犯罪被害者の十分な

損害回復及び経済的補償の実現を目指す宣言

1 犯罪被害者等基本法(以下「基本法」という。)の第3条第1項は、基本理念として「すべて犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する。」と定め、1985(昭和60)年に国連総会で採択された国連被害者人権宣言(「犯罪およびパワー濫用の被害者のための正義に関する基本原則宣言」)では、犯罪被害者の経済的補償を定めている。

犯罪被害について第一義的責任を負うのは加害者である。しかし、基本法の前文にあるとおり、安全で安心して暮らせる社会を実現することは、国民すべての願いであるとともに、国の重要な責務であり、犯罪等を抑止し、安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務を有する我々もまた、犯罪被害者等の声に耳を傾けなければならない。それにもかかわらず、今なお、犯罪被害者は十分な損害回復及び経済的補償を受けることができず、基本法に定められた犯罪被害者としての権利が侵害されたままの状態に置かれているのである。


2 こうした犯罪被害者の損害回復の実効性を確保し、十分な経済的補償を実現するためには、事件発生直後から、犯罪被害者が法律の専門家である弁護士に依頼をして、加害者側からの示談の申入れや、その後の損害賠償請求についての法的支援を受ける必要がある。その際の弁護士費用や訴訟費用の負担の問題を解消し、被害者の権利が実現されるべきである

また、そうした支援によっても損害回復を得られなかった犯罪被害者に対して、基本法第4条に基づいて、犯罪被害者のための施策を総合的に策定し、実施する責務を負う国が、適切に損害回復及び経済的補償を行う必要がある。

のみならず、基本法第5条は、地方公共団体が犯罪被害者の支援に関し、その地域の状況に応じた施策を策定し、実施する責務を定めていることから、地方公共団体が犯罪被害者支援に特化した条例(いわゆる特化条例)を制定して、重層的に犯罪被害者に対する経済的支援を行っていくことが不可欠である。


3 そこで、当連合会は、犯罪被害者等基本法の基本理念にのっとり、以下の(1)ないし(3)の制度等の実現を国及び地方公共団体に求めるとともに、当連合会に所属する各単位会が(4)の活動を行うことを宣言する。

(1)犯罪被害者の損害回復の実効性確保に資することから、国が、国費により、犯罪被害者が被害直後から弁護士に依頼できる制度を整備するとともに、犯罪被害者の行う民事訴訟等の裁判手続費用の援助を行うこと。

(2)国が、犯罪被害者が損害回復及び経済的補償を受ける権利を定めた犯罪被害者等補償法を制定すること。具体的には、国が、犯罪被害者の有する損害賠償請求権の立替払制度を設けること、また、犯罪被害者が加害者に対する損害賠償請求の債務名義を取得できない場合には、立替払制度と同等の補償を犯罪被害者に対して行うこと、及びそのための財源を確保し、強化および拡充すること。

(3)地方公共団体が、犯罪被害者の損害回復のための経済的支援を行うこと、及びそのための財源を確保し、強化および拡充すること。特に市町村は特化条例を制定し、犯罪被害者の権利を保障し、損害回復のための経済的支援を行うこと。

(4)損害回復の実効性確保が十分に行えていない現状をふまえて、当連合会に所属する各単位会は、犯罪被害当事者団体、犯罪被害者支援団体、地方公共団体、報道機関等にアプローチし、国よりも早く、地方公共団体から、損害賠償請求の立替払制度を含めた特化条例の制定を求める活動を積極的に行うこと。

以上



2023年(令和5年)10月20日

中 部 弁 護 士 会 連 合 会



提 案 理 由


1 加害者からの損害賠償金が支払われていない実態

犯罪被害者(以下、特に断りのない限り、被害者が亡くなった場合の遺族も含めて「犯罪被害者」という。)は、犯罪によって、加害者から、生命、身体、財産、自由及び名誉等の種々の法益を侵害される。この被害について、犯罪被害者は、加害者に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。この損害賠償について第一義的に責任を負うのは、いうまでもなく加害者である。しかし、犯罪被害者等基本法(以下「基本法」という。)の前文にあるとおり、安全で安心して暮らせる社会を実現することは、国民すべての願いであるとともに、国の重要な責務であり、犯罪等を抑止し、安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務を有する我々もまた、犯罪被害者等の声に耳を傾けなければならない。

加害者から犯罪被害者への損害賠償は十分に行われておらず、特に被害が重大な事件では、加害者に資力がない等の理由で損害賠償がほとんど行われていない、ということは以前から指摘されてきた。犯罪被害者が加害者に民事訴訟を提起して、裁判所が加害者に対して支払を命じる判決等の債務名義を取得したとしても、ほとんど支払はなされず、債務名義は無駄になってしまうことが多い。

例えば、法務省が損害賠償の実態について行った2000年(平成12年)の調査(以下「2000年の調査」という。)では、殺人事件と傷害致死事件の被害者遺族106人のうち、賠償金が全額支払われたのは6.6%(7人)に過ぎず、68.9%では「全く支払がなく、支払の見込みがない」という回答であった。

2018(平成30)年に日本弁護士連合会が実施した「損害賠償請求に係る債務名義の実効性に関するアンケート調査」(以下「2018年のアンケート調査」という。)でも、殺人等の被害者死亡事案では、賠償額全額を受け取ることができたものは僅か約4.4%である一方、全く支払われなかったものは約73.6%であった。また、傷害等の身体犯及び性犯罪まで含めれば、定められた全額の支払を受けた者が約39%、一部の支払にとどまった者が約12%、全く支払われなかった者が約48%であった。ただし、全額の支払を受けた約39%には、被害者が金額を譲歩して合意する訴訟上の和解や示談で解決した事案を含むことから、全額の支払を受けたからといって、この約39%の事案全てにおいて十分な被害回復が果たせたとはいえない。

2018年アンケート調査の回答には、加害者に資力がない、加害者が所在不明などの理由で回収できなかったというものが多数あった。


2 当連合会における犯罪被害者支援に関するこれまでの決議・宣言

当連合会では、2000(平成12)年10月13日に「犯罪被害者支援の取り組みに関する決議」(以下「平成12年決議」という。)を行った。また、2002(平成14)年には犯罪被害者支援をテーマにシンポジウムを行い「犯罪被害者支援の充実をめざす宣言」(以下「平成14年宣言」という。)を行った。

平成12年決議では、同年にいわゆる犯罪被害者保護関連二法(「刑事訴訟法及び検察審査会法の一部を改正する法律」及び「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」)が制定されたが、これらは「裁判手続に限定されたものであり、犯罪被害者に対する経済的支援、精神的支援などは、課題として残されたままである。しかも、犯罪被害者の支援は、統一的な基本方針に基づいて、経済的側面、精神的側面、刑事司法的側面等多側面から総合的かつ統合的に行わなければ、その実効性を期しがたい。犯罪被害者が置かれている悲惨な現状に鑑みれば、一刻も早い抜本的な法整備が必要である。」として、国に犯罪被害者基本法の制定を求めた。

平成14年宣言では、提案理由において「被害者の財産的被害の補償については、犯罪被害者等給付金支給法による給付制度が運用されており、2001(平成13)年7月には法改正がなされたものの、この制度には、対象被害の範囲に制限がある上、何よりも給付金額がなお低額である点で、被害者やその遺族の満足を得るには至っていない。」と指摘し、同宣言では冒頭で犯罪被害者は「経済的にはもとより、身体的・精神的にも負担を抱え苦悩する。特に被害発生直後の衝撃は甚大であり、その立ち直りのために各種の支援が必要である。」と述べて、犯罪被害者の弁護士へのアクセス障害の解消等に取り組むことを宣言した。


3 犯罪被害者が損害回復を得られていない状況は変わっていないこと

これら決議や宣言から20年以上経過した現在、犯罪被害者に対する支援が進み「犯罪被害者が置かれている悲惨な現状」は改善されたのであろうか。2000年(平成12年)以降、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターが各都道府県に設置され、また、近時、犯罪被害者等支援条例の制定が全国の都道府県及び市町村で推し進められており、一定程度犯罪被害者に対する支援が進んできた。犯罪被害者の損害回復については、2008(平成20)年に損害賠償命令制度が導入され、損害賠償請求の実効性の向上が期待された。2018年のアンケート調査(回答総事件数494件)では、債務名義や示談書作成等の一定の成果があった364件のうち、損害賠償命令が140件と約38.5%を占めている。

しかし、前述のとおり、2018年のアンケート調査では、殺人等の被害者死亡事案では、賠償額全額を受け取ることができたものは僅か約4.4%である一方、全く支払われなかったものは約73.6%と、2000年の調査から全く改善はみられていない。このように犯罪被害者の多くが、損害回復を得られていない状況は何ら変わっていないのである。


4 不十分な犯罪被害者給付金の支給

このように、損害回復を得られていない犯罪被害者は、十分な経済的支援を受けているのであろうか。

犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律(以下「犯給法」という。)に基づく犯罪被害者等給付金制度は、いわゆる1974(昭和49)年の三菱重工ビル爆破事件を契機に1980(昭和55)年に制定された。

その後、犯給法は、幾たびかの改正を重ね、特に平成13年には、給付金の支給額上限を自動車賠償責任保険(自賠責)並みに引き上げたり、それまでの遺族給付金、障害給付金に加えて、重傷病給付金が創設された。

しかし、犯給法による給付金の支給はいまだに十分であるとは言い難い。

警察庁が公表した令和3年度の犯罪被害給付金の支給裁定額の平均は、遺族給付金が約664万円である。これでは損害回復を得られなかった遺族に対する経済的支援として明らかに不十分である。障害給付金も約362万円に止まっている。

例えば、日本弁護士連合会が本年3月に公表した「犯罪被害者等補償法制定を求める意見書」で紹介された事例では、子ども2人を殺害された当時50代の男性は、残された妻と子との3人で生きていかなければならなかった。事件現場は自宅であり、子どもが殺害された自宅に住み続けることはできず転居したが、自宅は住宅ローンが残っており売却もできず、住むことのできない自宅のローンを支払い続けなければならない。被害者家族についての誤った報道により誹謗中傷を受け、居場所を失った男性は精神科を受診するようになり、また殺された子どもの後を追って死のうとする妻から目を離すことができず、退職を余儀なくされた。事件から9か月後、被害者2人分の遺族給付金として計約680万円が支給されたが、収入が途絶えた遺族らの生活をまかなうには余りに不十分な額である。また、加害者は自殺しており、男性ら遺族は加害者に損害賠償を求めることもできない、とのことである。


5 基本法の基本理念としての犯罪被害者の権利

基本法の第3条第1項は、基本理念として「すべて犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する。」と定めている。この権利は、「すべて国民は、個人として尊重される」と定める日本国憲法第13条に根拠を有するものと解するべきである。

犯罪被害者を「権利の主体」と捉えることは、国際的に見れば、1985(昭和60)年に国連総会で国連被害者人権宣言(「犯罪およびパワー濫用の被害者のための正義に関する基本原則宣言」)が採択され、今やスタンダードな考え方となっている。

そして、この国連被害者人権宣言では、犯罪被害者の損害回復、経済的補償について

第8条「被害弁償」の中で、

「自己の行為に責任のある犯罪者またはその関係者は、妥当な場合には、被害者、その家族または被扶養者に、公正な被害弁償を行わなければならない。この被害弁償に含まれるのは、財産の返還、発生した被害または損害に対する支払、被害の結果発生した費用の弁済、サービスの提供、権利の回復である。」

また、第12条「被害補償」の中で、

次の被害者が、犯罪者またはそれ以外から十分な弁償を得られない場合には、国家は、経済的補償を行なうよう努力しなければならない。

a 重大な犯罪の結果、身体にかなりの被害を受け、または身体や精神の健康に損傷を受けた被害者

b そうした被害のために死亡した者または身体的および精神的不能になった者の家族、特に被扶養者

さらに第13条で、

被害者補償基金の創設、強化および拡充の努力をする必要がある。自国民が被害者になった国家がその被害を補償する立場にない場合などでは、適切であれば、補償目的のために、これ以外の基金を創設する方法も考えられる。

と定めている。

しかし、これまでに述べたとおり、今なお、犯罪被害者は十分な損害回復及び経済的補償を受けることができておらず、前記の国連被害者人権宣言に定められたことは実現されていない。犯罪被害者は、基本法第3条第1項の定める「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」を今もなお侵害され続けているのである。

基本法前文では「国民の誰もが犯罪被害者等となる可能性が高まっている今こそ、犯罪被害者等の視点に立った施策を講じ、その権利利益の保護が図られる社会の実現に向けて新たな一歩を踏み出さなければならない」と決意されている。基本法が制定されて間もなく20年が経とうとしているのであり、犯罪被害者が十分な損害回復及び経済的補償を受けられていない状況は直ちに改善されなければならない。


6 損害回復の実効性確保のために(国費による犯罪被害者支援弁護士制度の創設)

日本の刑事事件では、犯罪被害者との示談が賠償問題の解決手段の一つとして定着している。しかし、加害者側からの示談の申入れは、事件発生後早期に行われ、犯罪被害者が事件後混乱した状態にある中で、法律的な助言を得る機会もないまま、示談を締結してしまうことが多くみられる。示談では、加害者側の事情により通常の損害賠償請求で算定される損害額よりも低い金額が提示されているにもかかわらず、その支払と引換えに、加害者を「宥恕」する、という内容が提案されることも多い。こうした示談の法律的な意味を十分に理解しないまま、犯罪被害者は示談を締結してしまい後悔することがある。

犯罪被害者が示談によって適切な損害回復を得られるようにするには、加害者側から提示される示談の内容について、弁護士から適切なアドバイスを受け、当該弁護士が犯罪被害者の代理人として委任を受け、加害者側と交渉を行うことが必要である。また、示談によって適切な損害回復が得られない場合でも、犯罪被害者に弁護士が代理人として就き、損害賠償命令申立や民事訴訟等の法的手続を利用したうえで、適正な賠償額が認められるべきである。

そのためには、事件発生直後から、犯罪被害者が弁護士に依頼できるようにするべきであり、被疑者・被告人の国選弁護制度と同様に、犯罪被害者にも国費で弁護士を依頼できる、犯罪被害者支援弁護士制度を早急に創設すべきである。

事件発生直後に犯罪被害者に降りかかる問題は、示談等の損害回復の問題だけでなく、特に社会的に注目を集める事件では、犯罪被害者のもとにマスコミが殺到する、といったメディア対応の問題も未だに解決しておらず、こうした問題の対応のためにも、事件発生直後から犯罪被害者が弁護士に依頼できるように、犯罪被害者支援弁護士制度を早急に創設する必要がある。この点については、日本弁護士連合会が、2019(令和元)年に「国費による犯罪被害者支援弁護士制度の導入を求める意見書」を発出し、本年4月に、自由民主党政務調査会司法制度調査会の犯罪被害者等保護・支援体制の一層の推進を図るPTが発表した「犯罪被害者等施策の一層の推進のための提言(案)」(以下「自民党提言案」という。)においても「被害者支援弁護士制度の創設」を求め、本年6月には、政府が犯罪被害者等施策推進会議において犯罪被害者支援弁護士制度の早期導入を決定した。

こうした政府の対応は評価すべきであり、犯罪被害者支援弁護士制度の創設に向けた今後の取り組みが期待される。その際に、肝心なことは、政府は、犯罪被害者の資力にかかわらず、犯罪被害者が被害直後から弁護士に依頼できる制度を整備することである。被害直後の犯罪被害者は、弁護士にアクセスするための情報がないだけでなく、弁護士にアクセスする気力すらないような状況にあることも多い。そのような犯罪被害者が被害直後から弁護士に依頼できるようにするためには、国が、国費により、犯罪被害者が被害直後から弁護士に依頼できる制度を作ることが不可欠である。

また、この制度が導入されたとしても、損害賠償命令申立事件が異議等で民事訴訟手続に移行した場合や、犯罪被害者が加害者に民事訴訟を提起するほかない場合には、特に被害が重大な事件ほど請求額が高額となるため、裁判所に収める手数料(以下「印紙代」という。)も高額となり、犯罪被害者が損害賠償命令申立や訴訟提起を躊躇する原因になる。さらに、損害賠償命令や民事判決等の債務名義を得たとしても、加害者から賠償の支払を受けられず長期間が経過した場合には、消滅時効の完成猶予のために再び民事訴訟を提起することが必要になる。

民事訴訟法上の訴訟救助が認められない場合には、被害者は債務名義を得るための印紙代を負担しなければならず、最終的に債務名義を得たとしても、加害者に資力がない場合には、印紙代すらも回収することができない。このような事態を防ぐためにも、国は、犯罪被害者の行う民事訴訟等の裁判手続費用の援助も行うべきである。


7 犯罪被害者が損害回復及び補償を受ける権利を定めた犯罪被害者等補償法の制定

犯給法による給付金の支給は、前述のとおり、著しく不十分である。

犯給法の問題点としては、これまでにも夙に指摘されてきたように、@同法の目的を定めた第1条において「犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族又は重傷病を負い若しくは障害が残った者の犯罪被害等を早期に軽減する」と定めて、適用対象を限定していること、A遺族給付金の算定にあたって、事件前の犯罪被害者の収入に応じた基礎額にその生計維持関係遺族の人数に応じた倍数を掛けて算出し、逸失利益を考慮しないため、収入のない、もしくは収入の少ない犯罪被害者が亡くなった場合の支給額が極めて低額であること、B第6条で給付金の全部又は一部を支給しない場合を定めており、給付金が減額または不支給となる場合が広範に認められていること、が挙げられる。

このうち、上記Aの給付金の算定方法については、自民党提言案でも給付基礎額や倍数設定を見直すなど、必ずしも他の公的給付制度の算定方法にとらわれない見直しを行うべきであるとの提言がなされ、本年6月の犯罪被害者等施策推進会議において、政府は算定方法を見直して民事訴訟での損害賠償額を見据えた改定を行うことを決定している。

しかし、犯給法の問題の根本は、犯給法の目的が、犯罪被害者に対する経済的補償を行うものである、とはなっていない点にある。

犯給法の趣旨は「故意の犯罪行為による被害を受けた者またはその遺族が、民法上は不法行為制度がありながら、事実上損害賠償を受けられない場合が多い、という現状を前提として、いわば社会連帯共助の精神をもって、社会的に気の毒な立場にある犯罪被害者の被害の緩和を引き受けようとするもの」であり、給付金は「見舞金的な性格」を有していると説明されている(大谷實・齋藤正治「犯罪被害給付制度」(有斐閣新書)60頁)。こうした説明は、犯給法が制定された1980(昭和55)年代になされたものであり、それから40年近くが経過した。その間には、犯給法も数次の改正がなされ、給付金の支給対象等を拡げてきてはいる。しかしながら、犯罪被害者の損害回復及び経済的補償が十分になされていない現状にあることはこれまで述べてきたとおりであり、本年6月の犯罪被害者等施策推進会議における政府の決定に基づく改正においても、犯給法の趣旨が、犯罪被害者に経済的補償を行い、犯罪被害者の権利を保障することを目的とするものへと変わらないかぎり、犯罪被害者の十分な損害回復及び経済的補償が図られるとは思われない。

前述のとおり、基本法は第3条第1項で、犯罪被害者には「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」を認めており、犯罪被害者が損害回復、被害の補償を求めることは、犯罪被害者の権利である。

基本法が制定されて間もなく20年がたつ中、遅きに失するが、基本法第3条の基本理念にのっとり、犯罪被害者が損害回復及び経済的補償を受ける権利を定めた犯罪被害者等補償法を新たに制定すべきである。

具体的には、前記6の損害回復のための制度を整備したとしても、なお、加害者に資力がなく支払が受けられない場合は多く残るものと考えられる。また、政府方針に基づき犯給法の改正がなされたとしても、民事訴訟の損害賠償額に比べて被害者の損害回復及び経済的補償が十分に図られない場合が生じる可能性もある。そのため、国は、犯罪被害者の損害回復及び経済的補償のための制度を抜本的に見直し、犯罪被害者の有する損害賠償請求権(債務名義)の立替払制度を設けるべきである。また、加害者が不明であったり、加害者が責任無能力であるなど、加害者に対する損害賠償請求について債務名義を取得できない場合もあるため、こうしたケースについては、立替払制度と同等の補償を犯罪被害者に対して行うべきである。さらに、国連被害者人権宣言第13条で「被害者補償基金の創設、強化および拡充の努力をする必要がある。」と定めるとおり、そのための財源を確保し、強化および拡充をすべきである。


8 地方公共団体が特化条例を制定し、犯罪被害者の経済的支援を行うこと

(1) 地方公共団体における特化条例の制定

基本法は、犯罪被害者支援のための施策の策定及び実施について、第4条で、基本理念にのっとり、国に責務があるとしつつ、同時に第5条で、地方公共団体に対しても、基本理念にのっとり、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の地域の状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する、と定めている。

地方公共団体、特に市町村は、住民の一人である犯罪被害者にとって頼ることのできる最も身近な組織であり、基本法前文の「犯罪を抑止し、安全で安心して暮らせる社会の実現を図る責務」を積極的に果たしていくことが求められる。基本法の基本理念を定めた第3条第2項では「犯罪被害者等のための施策は、被害の状況及び原因、犯罪被害者等が置かれている状況その他の事情に応じて適切に講ぜられるものとする。」と定め、また同条第3項で「犯罪被害者等のための施策は、犯罪被害者等が、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができるよう、講ぜられるものとする。」と定めている。こうした基本理念を実現するためには、最も身近な組織である地方公共団体が、国とともに犯罪被害者の支援にあたることが必要である。万が一自分が犯罪被害者になっても、犯罪被害者の権利が保障された市町村こそが、安全で安心して暮らすことができる市町村であるといえる。

近年、地方公共団体の中でも、都道府県では、全国的に、いわゆる安全・安心まちづくり条例の中に犯罪被害者支援についての規定を置くだけではなく、犯罪被害者支援に特化した犯罪被害者等支援条例(こうした犯罪被害者等支援条例は「特化条例」といわれる。)の制定が進んだ。しかし、令和5年版犯罪被害者白書によれば、市町村における特化条例の制定は、令和5年4月1日現在で、政令指定都市では20団体のうち13団体、政令指定都市以外の市区町村では1721団体のうち606団体に止まっている。住民が犯罪被害に遭っても、損害回復を含めた犯罪被害者の権利を保障するためには、何よりも市町村において特化条例を制定することが、基本法第5条の地方公共団体の責務を果たすために必要である。

(2) 地方公共団体における経済的支援の導入

犯罪被害者に対する経済的支援として、地方公共団体において「見舞金」や「支援金」等の名称で金銭の支給を行う制度を導入するところがみられ、令和5年版犯罪被害者白書によれば、令和5年4月1日現在で、都道府県16団体、政令指定都市14団体、政令指定都市以外の市区町村では631団体が制定している。中でも兵庫県明石市では、加害者に対する損害賠償請求権について債務名義を有する犯罪被害者に対し、300万円を上限として立替払を行う制度を設けている。兵庫県明石市では、それ以外にも、加害者が心神喪失等で刑事責任を問われない等の理由により立替支援金の支給を受けられない遺族への特例給付金、債務名義に基づいて民事執行法上の財産開示手続及び第三者からの情報取得手続を行う場合の費用補助、消滅時効の完成猶予のための再提訴等の費用補助などを特化条例に盛り込んでおり、先進的な取組として注目される。

前述のとおり、国が、今後、政府方針に基づく犯給法の改正を行ったとしても、民事訴訟の損害賠償額に比べて被害者の損害回復及び経済的補償が十分に図られない場合が生じる可能性もある。そのため、地方公共団体、特に市町村は、国とは別の観点から、住民の一人である犯罪被害者にとって頼ることのできる最も身近な組織として、重層的な経済的補償を行い、かつ、各種手続費用の補助を盛り込んだ特化条例を制定することが求められる。

(3) 地方公共団体に対し、特化条例の制定を求めること

地方公共団体は、犯罪被害者に最も身近な組織として、犯罪被害者に対する経済的支援を行っていくことが必要であり、そのような支援を行っている地方自治体こそが、基本法前文の「安全で安心して暮らせる」まちであるといえる。特に、市町村においては、犯罪被害者の権利を保障し、基本法第5条の定める責務を果たすため、特化条例の制定、及び、犯罪被害者の損害回復のための経済的支援を推し進めていくことが必要である。

そのため、当連合会に所属する各単位会が、犯罪被害当事者団体、犯罪被害者支援団体、地方公共団体、報道機関等にアプローチし、国よりも早く、地方公共団体から、損害賠償請求の立替払制度を含めた特化条例の制定を求める活動を積極的に行っていくことが必要である。


9 結語

以上をふまえ、当連合会は、犯罪被害者等基本法の基本理念にのっとり、以下の(1)ないし(3)の制度等の実現を国及び地方公共団体に求めるとともに、当連合会に所属する各単位会が(4)の活動を行うことを宣言することを提案する次第である。

(1)犯罪被害者の損害回復の実効性確保に資することから、国が、国費により、犯罪被害者が被害直後から弁護士に依頼できる制度を整備するとともに、犯罪被害者の行う民事訴訟等の裁判手続費用の援助を行うこと。

(2)国が、犯罪被害者が損害回復及び経済的補償を受ける権利を定めた犯罪被害者等補償法を制定すること。具体的には、国が、犯罪被害者の有する損害賠償請求権の立替払制度を設けること、また、犯罪被害者が加害者に対する損害賠償請求の債務名義を取得できない場合には、立替払制度と同等の補償を犯罪被害者に対して行うこと、及びそのための財源を確保し、強化および拡充すること。

(3)地方公共団体が、損害賠償請求の立替払を含めた犯罪被害者の経済的支援を行うこと、及びそのための財源を確保し、強化および拡充すること。特に市町村は特化条例を制定し、犯罪被害者の権利を保障し、損害回復ための経済的支援を行うこと。

(4)損害回復の実効性確保が十分に行えていない現状をふまえて、当連合会に所属する各単位会は、犯罪被害当事者団体、犯罪被害者支援団体、地方公共団体、報道機関等にアプローチし、国よりも早く、地方公共団体から、損害賠償請求の立替払制度を含めた特化条例の制定を求める活動を積極的に行うこと。


以上





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