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共謀罪の新設に反対する決議

政府は、これまで3回も廃案となった共謀罪法案を、修正したうえで上程する方針であると報道されている。

過去に廃案となった共謀罪法案とは、長期4年以上の懲役、禁錮等の刑罰を定める600以上の犯罪について、犯罪の遂行を共謀しただけで処罰の対象とする法案である。

仮に、政府が、過去の共謀罪法案に何らかの修正を加えたとしても、犯罪の結果が発生しておらず、犯罪の実行行為もその準備行為すら行われていない段階の「共謀」を刑罰の対象とすることは、わが国の刑事法体系の基本原理に反し、絶対に許されない。

我が国の刑事法体系は、国民の内心の自由を保障し、国家権力の濫用を防ぐため、犯罪の意思を有するだけでは処罰せず、刑罰によって保護すべき「法益」と、法益侵害する恐れのある「定型的な行為」をあらかじめ法律に規定し、犯罪となるか否かの基準を明確にする考え方、すなわち罪刑法定主義を基本原則としている。この基本原則によって政府の恣意的な権力活動を抑止し、国民の基本的人権を保障してきたのである。

ところが共謀罪は、法益侵害の発生とは関係なく、内心で犯罪の意思を有していることと紙一重の「共謀」という「意思の合致」のみで処罰することから、国民は共謀罪での処罰を避けるため、自由な言論・行動など思想表現活動を自粛せざるをえなくなり、これらの自由に多大な萎縮的効果を与えることとなる。

加えて共謀罪法案が成立した後には、捜査機関が「共謀の事実」を立証するために、市民間の電話、電子メール、SNS等を広汎に監視して、国民の通信の秘密を含むプライバシーを著しく侵害するおそれがあり、さらなる人権侵害行為が行われることが予測される。

ところで、政府は、共謀罪の新設が必要な理由として、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(以下、「本条約」という)を批准(締結)するためだと説明する。

しかし、本条約が求めているのは、組織犯罪に関連する重大な犯罪を処罰することであり、比較的軽微な犯罪の共謀まで処罰することは求められていない。

また、組織犯罪に関連する重大な犯罪については、わが国の刑罰法規及び判例理論上の共謀共同正犯、未遂以前の予備段階で処罰できるのであるから、共謀罪を新設しなくとも本条約の批准は可能である。

以上のように、共謀罪を新設すべき必要性はなく、共謀罪法案は仮に修正がなされたとしても、内心の意思と紙一重の共謀を処罰するという本質は変わらないのであるから、国民の内心の自由をはじめとする基本的人権を侵害するおそれが極めて高い。

よって、当連合会は、共謀罪の新設に強く反対することを決議する。



2015年(平成27年)10月30日
中部弁護士会連合会 





提 案 理 由


 1 これまでの共謀罪法案の審議状況

政府は、2000(平成12)年12月、第55回国連総会で決議された「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(以下、「本条約」という)に署名し、2003(平成15)年5月、国会は本条約につき批准の承認をした。

本条約は、国境を越えた組織犯罪が複雑化、深刻化していることから、国際社会全体が協力して、組織犯罪を効果的に防止することを目的とした条約であり、現在、締結国は約185か国に及ぶ。

政府は、2003(平成15)年の第156回通常国会に、本条約を批准(締結)するために必要であるとして、法制審議会の答申を受けて、法定刑において長期4年以上の懲役、禁錮等の刑罰を規定している600を超える犯罪について一挙に共謀罪を新設する共謀罪法案を含んだ「犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」を上程した。

同法案は、衆議院解散により廃案となったが、政府は、2004(平成16)年の第159回通常国会に、「サイバー犯罪条約の国内法化のための法案」と合体させ、共謀罪法案を含んだ「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」を再上程した。

同法案は、法務委員会において実質審議が行われたが、衆議院解散により再度廃案となった。

政府は、2005(平成17)年の第163回特別会に、3回目となる共謀罪法案の上程をしたが、継続審議となったうえ、2009(平成21)年の第171回通常国会における衆議院解散により3度目の廃案となり、その後は共謀罪法案の上程はなされていない。

しかし、最近になり、政府は、廃案となった共謀罪法案を修正したうえで上程する方針であると報道されるようになり、政府も共謀罪新設の必要性を認めていることから、上程されるのは時間の問題といえる。



 2 共謀罪法案が近々上程される可能性が高いこと

特定秘密の保護に関する法律が強行採決により成立した直後である2013(平成25)年12月、2014(平成26)年の通常国会に共謀罪法案が上程されるとの報道がなされたが、管義偉官房長官は報道内容を否定した。

管官房長官は、その後も共謀罪法案の上程については否定しているものの、政府は一貫して本条約の批准のためには共謀罪の新設が必要との立場を維持しており、管官房長官も同様のコメントをしている。

先進国において本条約を批准していない国は、現在、日本と大韓民国だけであることから、本条約の速やかな批准が求められているのは間違いなく、主要国首脳会議(サミット)によって設置されたFATF(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会)も、日本に対し、本条約を批准し完全実施することを要請している。

これらの国際情勢に加え、2016(平成28)年に三重県志摩市でサミットが開催され、2020(平成32)年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されることが決定したことから、政府が、日本における環境整備、テロ対策として、近々に共謀罪法案を上程する可能性は非常に高い。



 3 共謀罪は「罪刑法定主義」に反し人権侵害をもたらすこと

我が国の刑事法は、刑罰という人間の生命や自由を剥奪、制限される強制手段を課すためには、刑罰によって保護すべき「法益」と、法益侵害する恐れのある「定型的な行為」を、あらかじめ法律に規定することとして、犯罪となるか否かの基準を明確にする、という「罪刑法定主義」を基本原則としている。これは、法益侵害となる「行為」という客観面を重視する考え方(客観主義的刑法)に基づくものであり、近代刑法の基本原則とされている。

このように、刑罰を処せられる行為を法益侵害する恐れのある「行為」に限定して、あらかじめ明示しておくことで、政府が、政府にとって都合の悪い者を逮捕、処罰するという恣意的な権力活動を抑止し、個人が、刑罰を処せられるか否かが判断できることから、萎縮せずに自由な活動を行えるようになるのであり、近代以降の個人主義的・自由主義的な思想からは必要不可欠といえる。

かつては、行為ではなく、行為者の悪質な考えといった内面における危険性を処罰すべきという考え方(主観主義的刑法)も唱えられたことがあるが、このような考え方は、思想そのものを処罰対象とすることから憲法第19条の思想・良心の自由に反するばかりか、国家権力の恣意的運用により、刑法が思想統制の道具として使われる危険性が否定できない。歴史的にも、全体主義国家を目指したナチス・ドイツは、主観主義的刑法を採用していたのである。

ところで、共謀罪法案における「共謀罪」は、犯罪を行うことを合意しただけで犯罪が成立するとされ、犯罪の結果が発生することはおろか、その準備行為すらない段階で処罰するものである。

つまり、共謀罪は、「客観的な行為」を処罰せず、行為者の「主観的な内面」を基準として処罰するものであることから、主観主義的刑法の考え方に立ち返り、近代刑法の基本原則を否定することに繋がる。

そして、何をすれば「犯罪を行うことを合意した」といえるのかの明確な定義はなく、罪刑法定主義に反することから、国民にとって何が処罰されるのかが判断できなくなる。例えば、共謀の場にたまたま居合わせたり、目配せを受けただけでも「共謀」とされる可能性があり、さらには、犯罪の「共謀」と解される書き込みがなされているSNSに参加しているだけでも「共謀」と認定される可能性も否定できない。このようなことから、国民は共謀罪での処罰を避けるため、自由な言論・行動を自粛せざるを得なくなり、憲法第21条で保障される表現の自由などの基本的人権に対し、多大な萎縮効果を与えることになる。

さらに、罪刑法定主義に反することから、政府が、恣意的に共謀罪を運用する危険性は大きく、国家権力による濫用を予防することは著しく困難である。

このように共謀罪法案は、人類が叡智により永年にわたって積み上げてきた近代刑法の大原則を、容易に踏みにじるものであり、国民の基本的人権の保障に対する重大な脅威となるものである。



 4 国民のプライバシーの侵害と監視社会化の危険性

捜査機関が「共謀の事実」を立証するためには、自白の獲得以外には、通話、通信等の記録を本人に秘密で入手する必要がある。そこで、共謀罪法案が成立した後には、捜査機関が「共謀罪捜査」の名目で、市民間の電話、電子メール、SNS等を広汎に監視して、国民の通信の秘密を含むプライバシーを著しく侵害することで、さらなる人権侵害行為が行われることが予測される。

さらに、政府が上程した「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律改正案」第6条の2のただし書には、「実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、または免除する」と規定されており、共謀相手より先に自首した者が刑を減免され、共謀相手が処罰されることになることから、密告を奨励する社会になるばかりか、虚偽の密告で人を陥れることもあり得る。

このように共謀罪法案が成立すると、プライバシー尊重の考え方が著しく後退し、国家や他人によるプライバシー侵害が容易に正当化される「監視社会」となることが、強く懸念される。



 5 共謀罪を新設しなくとも、本条約の批准が可能であること

政府は、日本が本条約を批准(締結)するために、共謀罪の新設が必要だとしている。

ところで、本条約第5条第1項には、「締結国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。」として、その(a)は、「次の行為の一方又は双方」として、「(@)金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行なうことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの」と「(A)組織的な犯罪集団の目的及び一般的な犯罪活動又は特定の犯罪を行う意図を認識しながら、次の活動に積極的に参加する個人の行為」として、「a 組織的な犯罪集団の犯罪活動」と「b 組織的な犯罪集団のその他の活動(当該個人が、自己の参加が当該犯罪集団の目的の達成に寄与することを知っているときに限る。)」と規定されている。また、本条約第34条第1項には、「締結国は、この条約に定める義務の履行を確保するため、自国の国内法の基本原則に従って、必要な措置(立法上及び行政上の措置)をとる」と規定されている。

本条約の上記規定からすると、我が国が、「次の行為の一方」(本条約第5条第1項(a))である「金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行なうことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴」(同(@))う行為が故意に行われた際、犯罪として処罰することができれば、本条約を批准することは可能となる。

この点につき、我が国においては、内乱、外患、殺人、強盗などの重大な犯罪については予備罪が規定されており、航空機の強取等の処罰に関する法律、公衆等脅迫目的の犯罪行為の実行を容易にする目的で資金を提供する行為を処罰する法律、サリン等による人身被害の防止に関する法律、放射能を発散させて人の生命等に危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律などについても未遂に至らない段階で処罰する規定が設けられていること、判例上、共謀共同正犯理論が確立されていることからすると、「金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行なうことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴」う行為について、現行の法律で処罰できるのであり、共謀罪を新設しなくとも、本条約を批准することは可能である。

政府は、今後、三重県志摩市のサミット、又は、東京オリンピック・パラリンピックに向けてのテロ対策という名目で、共謀罪の新設が必要であると説明することが予測される。

しかし、本条約は、経済的な利益を得ることを目的とする組織を対象とする条約であることが条約中に明記されているものであり、本条約とテロ対策とは直接結びつかないものである。

また、我が国は、テロ関連条約のうち、「核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約」を除く全ての条約を批准しており、銃砲刀剣類所持等取締法により、銃砲や刀剣の使用以前の「所持」自体が厳しく規制されていることから、既にテロ対策は充分なされていると言える。



 6 結論

以上のように、共謀罪法案は、近代刑法の基本原則及び罪形法定主義に反するどころか、現在では、過去に廃案になった時代より、人権侵害、政府の恣意的運用等の危険性が高まっているのに対し、共謀罪を新設する必要性は存在しない。

政府は、今後、「共謀罪」という名称まで修正し、共謀罪の新設の必要性を殊更強調することも想定されるが、その中身が「共謀」を処罰する法律である以上、名称の如何に拘らず、その危険性は減じられることはない。

よって、当連合会は、共謀罪法案の危険性を再度広く世論に訴えるとともに、共謀罪の新設に強く反対することを決議する。


以上

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