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適正な弁護士人口政策を求める決議・提案理由

第1 司法試験合格者数の削減要求の動き

1 ブロック連合会、単位会

中部弁護士会連合会は、2007年10月19日、金沢で開催された第55回定期弁護士大会において、賛成162名、反対29名、棄権・留保21名で「適正な弁護士人口に関する決議」を採択した。

この決議は、司法制度改革審議会意見書(2001年6月、以下「司法審意見書」という、会長・佐藤幸治氏、弁護士委員・中坊公平氏)にもとづく弁護士大量増員策が、弁護士過剰及び就職難をもたらし、我が国の弁護士並びに弁護士制度を変質させ、基本的人権の擁護と社会正義の実現という制度的機能を喪失させるおそれがあると考え、そのために、司法試験年間合格者3000人計画の前倒し及び更なる大幅な合格者増員に反対するとともに、3000人計画(2010年予定)を見直し、国民の需要に見合った適正な法曹人口政策をとることを求めたものである。

司法試験合格者数及び弁護士人口については、2007年以降現在までの間に、中国地方、東北及び四国の各弁護士会連合会が、司法試験合格者3000人計画の見直しを求める決議をし、単位会では、愛知、京都、埼玉(2回)、仙台、千葉(2回)、兵庫、大阪、愛媛、群馬、東京、山形、金沢、栃木が、合格者数又は弁護士人口について決議し、又は会長声明を出している(53単位会のうち29会)

これらの決議及び会長声明は、現状の合格者数は、弁護士過剰、修習生の就職難及び法科大学院生・修習修了者の質の低下等の深刻な事態を招来しているために、適正な弁護士人口を保つため、現状の合格者数を削減する必要があるとするものである(但し、東京弁護士会の決議は後に述べる日弁連提言と同旨)。

その中で、2008年5月の千葉県弁護士会の決議、同年12月の群馬弁護士会及び2009年2月の山形県弁護士会の決議は合格者1500人、2009年5月の埼玉弁護士会の決議及び同年同月の栃木県弁護士会の決議は合格者1000人を適正な規模であるとして、具体的数字を提言している。


2 政府、政党

2008年1月25日、当時の鳩山法相は、3000人の閣議決定の見直しが必要であると発言し、同年3月、法務省内に検討機関が設置された。

自民党も、議員連盟「法曹養成と法曹人口を考える国会議員の会」を発足させ、2009年4月17日、3000人計画を見直し、法曹人口が過剰にならないようにすることを求める緊急提言をまとめ、民主党も、同年6月4日、法曹人口・法曹養成の問題について専門のプロジェクトチームの初会合を開き、制度見直しに向けて議論を始めた。


3 日弁連

    日弁連の司法試験合格者数(実際上は弁護士人口)に関する方針は、次のような変遷をたどってきた。

    1. 1990年10月の法曹三者協議会において、従前の500人から、600〜700人に増員することを合意
    2. 1994年12月の臨時総会において、800人(5年間)とする決議を採択
    3. 1997年10月の臨時総会において、1000人、修習期間1年6ヶ月とする決議を採択
    4. 2000年11月の臨時総会において、日弁連執行部(会長・久保井一匡氏)は、会員の強い反対意見を押し切って、これまでの「需要を検証しつつ漸増させる」という方針を転換させ、法曹一元制の実現を期し、「法の支配を社会の隅々にまでゆきわたらせ、社会のさまざまな分野・地域における法的需要を満たすために、国民が必要とする数を、質を維持しながら確保するよう努める」として、3000人にすることを認めるとともに法科大学院創設を推進する旨の決議を採択
    5. 2001年5月に法曹養成と法曹人口問題に関する専門委員会である法曹養成センターを廃止する一方、数多くの新しい本部や協議会を作りながら、司法制度改革審議会の意見書に沿う司法改革を推進する立場をとり続けた。

    合格者数の急増を危ぶむ会員の声がますます大きくなり、遂に日弁連は、2008年7月18日、「法曹人口問題に関する緊急提言」で当面の法曹人口増加のペースダウンを提言し、中長期的な法曹人口及びそれに到達するペースについて、今後とも内外で十分な議論・検討を経て提言することを予定するとした。

    ところが、急遽同年9月1日に設置された法曹人口問題検討会議は、2009年2月2日には、早々と2009年度及びその後の数年間の合格者数は2007年及び2008年度の数(現新合計約2100〜2200人)を目安とし、2020年頃に法曹人口を5万人規模に到達させる旨の意見書をまとめ、日弁連執行部は、2月19日の日弁連理事会にこの意見書と同趣旨の「当面の法曹人口のあり方に関する提言」を提案し、同提言は、翌3月18日、理事会で採択された。

    この日弁連の提言は、司法修習修了者の就職難の状況、弁護士の充足状況や弁護士需要が増大していないことなどを考慮せず、合格者数の急増の現状を是認するもので、前記の多くの地方会の決議とは大きく乖離する内容となっている。

    また、この日弁連の提言は、発議から1ヶ月という余りに短期間に理事会で決議された。そのため、一般会員の多くはそのような提言がなされていることすら知らず、会内議論は全く不十分で、この提言は、会内民主主義の手続上、大きな問題がある。2009年度の司法試験合格者数(及び弁護士人口)については緊急な提言が必要であったとしても、それ以後に関しては、その重要性から、全会員に対するアンケート調査を実施し、司法シンポジウムのテーマにし、あるいは全単位会に意見照会するなどの手続を踏むべきで、十分な検討期間を置くべきであった。

第2 司法試験合格者の急増、修習生の就職難、弁護士過剰供給の状況

1 司法試験合格者数の急増

司法試験合格者数は、1963年度から1990年度まで概ね500人であったものが、1991年度から2001年度まで漸増されてきたとは言え1000人程度にとどまっていた。その後、司法審意見書を受けて、2002年度1183人、2003年度1170人、2004年度1483人、2005年度1464人、2006年度1558人(新60期1009人、現行61期549人)、2007年度2099人(新61期1851人、現行62期248人)、2008年度2209人(新62期2065人、現行63期144人)と急増した。

そのため、弁護士人口は、1992年に1万4173人、1999年に1万7374人、2002年に1万8851人となり、そして、新61期が登録した2008年12月時点で2万7000人を越え、2009年4月1日現在2万7250人となった。この10年で約1万人増加し、最近の17年間で弁護士人口は約2倍となり、3000人計画は、今後の10年間に更に倍増されるという危機的な策である。


2 修習生の就職難と弁護士過剰供給

司法修習修了者が2000人を越えた初年度の2007年度から、目に見えて司法修習生の就職難が発生し、3年目にあたる2009年度の就職難は一層深刻な状況にある。

日弁連は、1990年5月、司法改革宣言(第1回)を採択し(会長・中坊公平氏)、それ以来、弁護士需要について大きな潜在的需要の存在が唱えられ、業務拡大が喧伝されてきた。しかしながら、大きな潜在的需要があるとする根拠はなく、また、需要が潜在化しているのには幾つかの原因があり、それらが全て取り除かれなければ、決して顕在化するものではない。2004年以後、民事・行政裁判事件は減少傾向にあり(注)、刑事事件は弁護士業務の3%程度の分野にすぎず、弁護士会等の法律相談の件数も著しく減少し、企業、官公庁、各種団体の需要も少ないことが明らかになった。日弁連の弁護士業務総合推進センター内に設けられた法的ニーズ・法曹人口調査検討PTの報告書(2008年3月7日)は、法的需要について調査・検討した結果、「10年後の2018年(平成30年)において、現在の2倍に相当する5万人規模の弁護士人口を安定的に吸収しうるだけの法的ニーズを予測することも、困難といわざるを得ない」と結論づけている。

今後、規制緩和、市場原理主義がもたらした2008年秋以降の金融危機に端を発した経済活動の縮小は、我が国の経済のみならず全ての分野にその影響を及ぼし、引き続き深刻な状況が続くであろう。当然、経済活動の沈滞に伴い、弁護士需要も縮小して行くことが予想され、これまで増加する弁護士を吸収してきた大都市の大手の法律事務所の新人採用が大幅に減少するのではないかと言われている。2010年度以後の就職難及び弁護士の需要と供給の間のギャップは、年々加速度的に拡大することは必至である。


(注)裁判事件の減少傾向

地方裁判所の民事・行政訴訟の新受件数は、1998年に18万件台になったが、その後頭打ち状態が続き、2004年以後減少に転じた。過払い請求訴訟が2007年から多くなり件数が増加したが、一般の事件は減少傾向にある。

第3 法科大学院、合格者大増員政策の破綻的状況

1 法科大学院の状況

弁護士人口の大量増員を法曹養成制度として担保することを目的に、2004〜5年度にかけて、74校、総定員5825人の法科大学院が開設した。しかし、このような政策が、どのような現実的な結果をもたらしたのか、それを直視する必要がある。


    2003年度と2009年度を比較すると、旧司法試験出願者数が約5万人から約2万人弱に、法科大学院適性試験出願者数が約4万人から約1万人にそれぞれ激減し、他学部出身者は大幅に減少し、他職経験者も増加してはいない。今後ますます出願者が減少して行くことが予想される。法科大学院入学者は、生活費と授業料の負担及び給費制廃止を考えると、高額所得者層の子弟の比率が高くなることは必至であり、幅広く優秀な人材を求めるという当初の目的と全く逆の結果に陥ることになろう。法学部4年、法科大学院2〜3年、修習1年という新しい法曹養成制度は、世界に類例のない長期間のものであり、加えて、前述した経済的負担の増加、不合格の危険性、就職難、弁護士の職業的魅力の低下という現実に直面すれば、志望者の激減は必然的結果である。

    法科大学院の教員不足は深刻であり、一部では教員の枠を埋めるために高齢の教員や経験不足の教員を充てざるを得ない状況もある。また、多くの大学が、退職した教員の後任を見つけるのに苦労している。法科大学院の教員の過重負担は大きな問題となっており、研究者教員にとっては、研究を犠牲にすることを余儀なくされる。そのため、法科大学院の教職に就くことを希望する研究者が増えず、この面からも教員の確保がますます困難になっている状況がある。

    法科大学院を卒業した段階で、受験回数制限のために司法試験の受験を見合わせる受験待機者が多くなり、受験率が低下するという不合理な事態が生じている(平成19年度77.3%)。

    司法試験合格者において、基本的な法的知識を欠く者が相当数にのぼることが、司法研修所の教官から指摘されている(平成20年5月23日最高裁判所事務総局「最近の司法修習生の状況について」)。

    司法試験合格者が初めて1500人規模になった59期の平成18年実施の二回試験(修習生1493人)において、一回で合格しなかった者が107人(合格留保97人、不合格10人)となり、平成19年実施の二回試験では、不合格者130人(現行60期1468人中71人、新60期986人中59人)、平成20年実施の二回試験では不合格122人(現行61期33人、新61期89人)である。不可答案について、「基本法における基礎的な事項についての論理的、体系的な理解が不足している」と指摘されている(平成20年9月15日最高裁事務総局「新第60期司法修習生考試における不可答案の概要」)。

    修習期間の短縮や前期修習の廃止に加え、修習生が就職活動に追われていることも修習の効果が上がらない原因になっている。合格者数の増加と修習期間の短縮は、質の確保という観点からすれば相矛盾する政策であり、修習生の質の低下は必然的結果であるといわなければならない。

    修習生の給費制が2010年に廃止され貸与制に切り替えられるために、法曹を志望する者にとって新たな障害となり、司法修習にもマイナスの影響をもたらすことが考えられる。

    司法修習を修了した段階で、勤務弁護士の雇用環境が低下しているために、法曹界における失業者及び非正規雇用者の数が増加し、また、弁護士会に登録しない者が現行61期生(2008年9月修習修了)33名、新61期生(2008年12月修習修了)66名も存在する。

    弁護士の供給が需要を上回る事態が進行するために、新人を採用する余裕はなく、就職難はますます深刻化し、正規に就職できない者及び未登録者等が累積して行くことは必至であり、法科大学院制度に大きな影響を与える。


2 合格者大増員政策の必然的結果

このような、今回の司法改革後の現実的状況は、法曹資格者、ひいては弁護士の大増員を正当化するために唱えられた「大きい司法」や「法の支配」(法曹資格者がさまざまな分野に多く進出すると、法の支配が貫徹するという考え方)という改革の「理念」に対し、この改革が誤りであったことを如実に物語っている。

司法修習修了者の就職難及び法科大学院の破綻的状況は、これまで改革を粉飾、美化したうえ、事実と弊害に目をつむってきたことの必然的結果というべきである。

第4 弁護士需要不拡大の時代的状況、過剰の弊害、職務の独立・適正性の確保条件

1 弁護士需要不拡大の時代的状況

    日弁連の「大きな司法」を目指す司法改革運動は、右肩上がりの経済のバブル絶頂期に発生し、1990年のバブル崩壊後もそのまま続けられた動きであった。

    そして、司法審意見書の弁護士増員論及び法科大学院制度は、我が国においては毎年約3万8000人(累積100万人以上)の法学部・法文学部の卒業者及び約20万人の弁護士隣接業者が存在し、これらの者との競合関係から弁護士需要が限られるという特殊事情を考慮しないものであった(アメリカは法学部がなく、隣接業者の種類も少ない)。

    昨年来の世界同時不況は、極めて深刻な状況が長く続くことが予想され、更に我が国は大幅な人口減の時代に入り、2055年に約9000万人(中位仮定)へと減少すると予測されている(国立社会保障・人口問題研究所)。

    今後とも、司法関連予算の増額を伴う司法基盤の拡充や弁護士需要の拡大を見込める状況にはなく、裁判所の事件数及び弁護士会の法律相談件数は、減少傾向にある。

    一方で、小規模単位会や過疎地、法テラスや公設事務所において、弁護士不足はほとんど解消しており、今後、100〜200人で十分充足する状況にある(1999年に地裁支部で弁護士0人が39地域、弁護士1人が34地域であったが、2008年、ゼロ地域がなくなり、ワン地域が24に減少した)。


2 弁護士過剰の弊害

    弁護士業務の分野において需要を考慮しない大量供給策がとられたことにより、重大かつ深刻な弊害が現出している。

    弁護士は高い倫理観を保持し、その職務に精励しなければならないが、弁護士が過当競争に陥ると、弁護士の間で大きな経済格差を生み、弁護士は、公益活動より宣伝活動や事件漁りのために時間をとられることになる。弁護士が、経済的動機により依頼者へ無批判に従属することになれば、職務の独立性と適正性の確保が困難となり、弁護士は人権救済者から人権侵害者に代わり、事件を作り出し、顧客を奪い合い、濫訴に走り、国民にとって傍迷惑な存在となるにちがいない。そうなれば、弁護士の社会的信用は低下し、官尊民卑の風潮が強まり、裁判官や検察官と対等に渡り合うことが困難となる。裁判は、一層職権主義的になり、法曹一元制の実現は更に遠のくことになる。

    このまま需要を無視した異常な弁護士大量増員策が続くならば、法曹の職業的魅力を喪失し経済的に不安定になり、法曹志望者の質も量も落ち続け、司法試験の水準が低下し、養成の効果が上がらない。弁護士過剰により、弁護士の職業倫理が荒廃し、質が劣化し、弁護士会が求心力を失い、組織内部が階層化、希薄化し、戦後の自主独立の弁護士制度が破壊され、弁護士自治が瓦解の危機に陥ることが予想される。その結果、日本国憲法の理念に則った司法は遠のき、更には、司法崩壊の危機にさらされ、国民の信頼を失うことになる。

    これに対し、司法修習修了者が就職難に直面し、司法修習修了者で法曹になれない者が、職を求めてサラリーマンになる事態を「法の支配」の実現だとして積極的に評価する考え方があるが、保障のない立場に置かれた者が、そのような厳しい役割を果たせるのかどうか疑問である。また、法曹、法学研究者、行政職及び企業法務の各専門家を混ぜ合わせて法科大学院で同じ教育課程を踏ませ、大量の法曹資格者を生み出そうとする制度自体が、果たして合理的な制度かどうかを再検討する必要がある。

3 弁護士の職務の独立性、適正性の確保の条件

弁護士は、数が多かったり、法律を知っておればいいというものではない。弁護士が、司法の重要な担い手として職務を適正に行うためには、職務の独立性を確保する制度が必要である。そのために、弁護士自治の制度が不可欠であるとされてきた。しかし、弁護士自治があれば、弁護士の職務の独立性と適正性が確保されるというものでもないことを十分に認識すべきである。裁判と裁判官の独立のために、裁判官の身分的・経済的保障制度が必要であるとされるのと同様に、弁護士についても、独立と経済的自立が制度的に担保される必要がある。弁護士は、裁判官・検察官と異なり、経済的自立を保障する制度が存在しないのであるから、需給の適切なバランスを保つ政策が不可欠である。

即ち、弁護士がプロフェッションとしての専門能力を発揮し、かつ、公共性の精神を保持し続けるためには、司法の根本的政策として、十分な財政措置を伴う司法基盤の整備と弁護士人口の適正な規模を維持することが不可欠である。

第5 日弁連の提言の問題性

1 法曹人口の概算の方法

司法試験合格者数から法曹人口を単純に計算するには、法曹資格者の活動期間が概ね45年間(30歳〜75歳)であることから、年間の司法試験合格者数に45を掛ければよい。日弁連の提言のように、年間2200人の司法試験合格者が45年間続けば、法曹人口は2200人×45=9万9000人となる(但し、1〜2割程度の自然減を控除する必要はある)。


2 日弁連の提言の問題性

    日弁連が、今後予想される深刻な事態を確認することなく、2009年3月の時点で、「数年間2100〜2200人」を提言したことは、国民に対し、弁護士需要や弁護士の過不足について大きな誤解を与えるものである。司法修習生の就職難の状況からして、毎年2000人を越える修習修了者を抱えることが本当にできるのであろうか。弁護士需要が毎年10%近く成長するのであろうか。とても、そのような状況にはない。

    日弁連の提言は、法曹人口5万人計画ではなく、10万人計画と言うべきである。しかも、3000人計画自体の見直しを主張していないから、それ以上の計画かもしれない。

    日弁連の提言は、スピードダウンを強調し、法曹人口5万人達成を2018年頃から2020年頃に遅らせるだけだと説明している。2020年以後、急に、自然減に見合った合格者数(300〜500人程度)に絞り込むことができるわけではないので、この人口政策の結果は、弁護士数は5万人規模にとどまらず、更に増加を続ける結果を招くことになる。

    そして、日弁連の提言があげるペースダウンの理由は、弁護士過剰問題ではなく、法曹養成制度の未成熟による法曹の質の低下を防止する観点が中心になっている。

しかしながら、多くの重大な弊害が発生する本質的要因は、弁護士需要の拡大や司法関係予算の増加がないのにかかわらず、弁護士の数だけ急激に大幅に増加するという無責任な政策がとられた点にある。
司法試験合格者数を3000人以上にするとか、法曹人口を短期間に5万人にするとかの政策は、新自由主義(市場原理主義)にもとづく規制緩和、構造改革の産物と言うべきである。この思想を弁護士業務の分野に持ち込むということは、需要を考慮することなくもっぱら供給を増加させることを意味する。しかも、この思想は、この程度で終わっていない。小泉政権下において内閣府に置かれた規制改革・民間開放推進会議(議長=宮内義彦オリックス会長)の司法改革問題の専門ワーキンググループ(座長=旭化成系列の旭リサーチセンターの鈴木良男社長)は、法務省に、2005年7月、司法試験合格者3000人の前倒しと合格者年間9000人案を提案し、同年12月には、9000人という数値こそ表記されなかったが、この提案内容が上記推進会議の答申とされ、2006年3月31日、この答申がそのまま「規制改革・民間開放推進3か年計画」の法務関係の措置事項として閣議決定されるという徹底ぶりであった。

このような現実の国民的需要を検証することもなく、机上の空論に基づいて立案された非現実的な政策に、我が国の法曹制度を委ねることができないのは当然である。

第6 弁護士人口論と司法改革の政策転換の必要性

1 本来の司法改革の計画と実施の必要性

    このような結果をもたらした今回の司法改革は、我々弁護士が、本来目指すべき司法改革とは余りにも違うものである。

    司法基盤の整備状況を見ると、裁判官及び検察官の任官者の数は僅かな増加にとどまり、裁判所予算及び司法支援センター予算(法律扶助、国選弁護費用等)もほとんど増額していないなど、激増する弁護士と対照的に、ほとんど拡充されていない。

    弁護士が「自己改革」を唱え、弁護士の数ばかりを増やしても、弁護士及び司法に対する需要の拡大は限定的で、司法の課題が解決される見込みがないことなど、はっきりしている。

    いかなる分野においても、利用価値が低ければ、需要は拡大しないのが現実である。国民が裁判所を利用した場合の得られる価値を高めることこそが、最優先の課題である。そのためには、最高裁判所が司法官僚統制をなくし、裁判官の自由と独立と平等を確保し、過重労働と転勤の負担を軽減し、公正に幅広く人材を登用し、これまで権利救済と違憲立法審査に消極的であった司法(司法消極主義)を根本的に改善し、司法救済の道を広げ、人権擁護機能を強め、裁判所利用の価値を増加し、司法の存在意義を高めなければならないのである。刑事司法においては、冤罪防止のために法制度と実務が抜本的に改善されなければ、何も良くならない。

そのためには、権利保障の法制度の整備と司法財政の拡充(裁判所予算の増額、法律扶助費及び国選弁護料の増額、法テラスのスタッフ弁護士等の待遇改善、身分保障)などが計画され、実施される必要があり、また、裁判所において、余裕のある充実した審理が可能な体制が敷かれ、裁判が国民の権利救済に積極的なものにならなければならない。そして、改めて、弁護士集団の文化と経験が司法を担うという本来の法曹一元制の実現を目指すべきである。


2 適正な法曹人口と法曹養成の政策転換の必要性

このような、本来の司法改革を目指すことなく、法曹資格者を大量に増員するのみでは、「大きい司法」や「法の支配」は全く実現せず、幻想に終わる。法曹資格者の数は、需要を充足する程度の規模が最良である。

日弁連は、法曹人口と法曹養成政策を転換させ、本当の司法改革に取り組み、法曹養成と法曹人口の専門委員会を復活させるとともに、会員全員に対し、業務実態と適正な司法試験合格者についてアンケート調査をするなどして、事実と会員の意思を尊重した決定方法をとるべきである。更に、今後日弁連は、重要問題について会員投票を実施して、正しく会員の意思が反映されるようにすべきである。

第7 司法試験合格者数を早期に1000人程度に削減すべき理由

1 司法試験合格者数に関するアンケート調査の結果

    中弁連司法問題対策委員会が、平成21年7月から8月にかけて中弁連の会員に実施した司法試験合格者数に関するアンケート調査は、中弁連会員1716人のうち666人が回答し(回答率約39%と極めて高率)、適当な司法試験合格者数の設問については、合格者1000人の回答が一番多く約41%、800人の回答が約10%、800人未満の回答が約14%で、以上の三つの回答(1000人以下)の合計が全体の約65%を占める。1500人の回答は約24%である。2000人の回答が約5%、2500人の回答は5人、3000人の回答は10人にすぎず、以上の三つの回答(2000人以上)の合計は約7%にすぎない。

    昨年までの他の単位会やブロック(愛知、関東十県会、四国4県、大阪、群馬)で行われた会員アンケート調査の結果を見ても、1000人以下を是とする回答が過半数を占め(但し、群馬の調査では、1500人の回答が一番多い)、1500人以下の合格者数を是とする回答が、どの集計結果においても80〜90%を占めている。一方、どの集計結果を見ても、2000人以上を是とする回答は、概ね10%に過ぎない。


    アンケート結果 (Excelデータ)
2 合格者数年間1000人で法曹人口5万人となる

    合格者数を毎年1000人に削減しても、それが45年間(平均稼働年限)続けば、合計4万5000人となる。これに2002年以降の急増分5000人及び司法試験合格者を1000人程度とされるまでの急増分の何千人かを加算し、一方で自然減10%程度を差し引くと、概ね5万人となり、これこそ5万人計画である(日弁連の2200人説は、5万人計画ではなく10万人計画である)。

    日弁連の、合格者数年間2100〜2200人、平成32年頃に法曹を5万人とする提言の賛否に関する今回のアンケート調査の結果は、反対の回答が約77%、わからないの回答が約9%、賛成の回答は約9%にすぎない。司法改革時代以後の日弁連執行部派と一般会員の意識は乖離しており、その程度を拡大してきた。強制加入の自治組織の民主主義の形骸化は、極めて深刻な問題である。

3 弁護士の業務量と弁護士の過不足の状況

    弁護士の最近の相談や受任の件数の分量について、今回のアンケートでは、「少し減少」の回答が一番多く約34%、「大幅に減少」が約10%と、減少の回答が合計約44%を占め、「変わらない」が約32%、「少し増加」が約7%、「大幅に増加」が約2%と、増加の回答は合計約9%にすぎない。

    所属弁護士会の弁護士の過不足の現状について、今回のアンケートでは、「少し過剰」が約44%、「大変に過剰」が約14%と、過剰の回答が合計約58%を占め、「適正」は約17%、「少し不足」は約7%、「大変不足」は約1%と、不足の回答は合計約8%にすぎない。弁護士が不足の状況にないのであれば、司法試験合格者数は年間500人でも十分であることになる。

4 弁護士増員論の弁護士需要の極端に過大な見積もり

    合格者数は、1990年度まで年間500人程度、2001年度まで1000人程度であった。ところが、同年6月の司法審意見書は、全く客観的な裏付けを欠く杜撰な根拠を理由として、弁護士大量増員計画を提言した。また、日弁連、マスコミ、学者等が唱えた2割司法、弁護士へのアクセス障害、過疎対策、被疑者国選弁護等を理由とする大幅増員論も、需要を著しく過大に見積もったものであり、日弁連の弁護士「自己改革」論は客観性を欠き、自らは購読料維持策を懸命に守ってきたマスコミの弁護士既得権擁護(業界エゴ)批判も、事実の把握と公平性を欠くものであった。

    一方、慎重な判断をしたのは最高裁判所であった。最高裁は、司法改革審議会において、10年間で500人程度の裁判官増員(増加率年1.5%程度)が必要であるとするだけで、裁判所の大幅な需要拡大を予想しなかった。仮定として、もし事件数が3割増加した場合に300〜400名の裁判官の増員が必要であるという試算を示しただけであった。少し冷静に考えれば、弁護士を数倍も増員させる根拠がないのは、明らかなことであった。

    このように、2002年度以降の合格者年間1000人を越える増員は、全く冷静な判断と根拠を欠くものであった。

    なお、法曹養成制度等改革協議会意見書(1995年11月発表)は、合格者数を1000人として、中期的には1500人を目指すとした。

5 自民党の国会議員の会の意見、国民が信頼できる弁護士資格制度

    平成20年になって、自民党の「法曹のあり方を考える若手国会議員の会」が自民党司法制度調査会等に対し、修習生で基本的な法的知識の不足する者が相当数いること及び各地の弁護士会からヒアリングする必要があることを強調し、司法試験合格者数を見直して1200〜1500人にすべきである旨の提言を申し入れ、平成20年12月11日には、自民党の「法曹の資質について考える会」が、法科大学院の実態、二回試験の結果、法律事務所の実務指導許容能力等を踏まえれば、「毎年の適正な合格者数は、せいぜい現在の半分程度の1000人であると考えられる」との具体的な数値を示し、「司法制度改革は夢見る改革であってはならない。現実の生身の国民の生活に最も良い結果をもたらすべきで、現実離れするようなことがあってはならない」との提言をしている。

    今回の中弁連のアンケート結果によれば、弁護士の過剰供給の国民に対する影響について、「悪い」の回答が約83%を占め、「良い」の回答は約1%にすぎない。この調査結果は、これまでの弁護士の自負と、これから深刻化する弁護士過剰の国民への悪影響の危惧の表れである。

    一般の国民にとって、弁護士に依頼することは日常的なことではなく稀なことである。知らない弁護士にでも安心して頼める資格制度及び弁護士制度を維持することが一番大切であり、我々の共同の責任である。

6 後継者養成制度の質の確保の条件

    1964年から長い間、合格者が500人であった我が国において、短期に合格者を数倍にすること自体に大きな無理がある。合格者数は、当面の間、司法審意見書の前段階の1000人の規模にとどめ、修習期間及び給費制を復活させ、充実した養成制度を取り戻す道を選択すべきである。

    独立した職業的専門家が、その後継者を養成する責任を果たすためには、後継者の比率を3%程度(例・3万人であれば900人)に保つのが適当である(不足が叫ばれている医師と比較した場合、医師は最近10年間で約3万3000人増加し、増加率は年1.5%にすぎない。司法試験合格者年間900人であっても、医師の増加率の2倍である)。

    今回のアンケート結果によれば、適当な修習期間の設問について、2年の回答が約46%、1年6ヶ月の回答が約43%、1年4ヶ月の回答が約4%であり(以上合計約93%)、給費制の設問について、復活させる必要があるとする回答が約85%であった。

    日弁連には、合格者削減と併せて、修習期間と給費制の復活こそ、司法改悪の見直しとして取り組む責任がある。

第8 結語

前記の如く、当連合会は、2007年の大会において、司法試験合格者数を年間3000人程度とするとの施策を見直すべきことを決議した。

しかし、その後においても、政府はこの施策を改めず、日弁連も、この施策の実施を若干遅らせるべきであるとの立場を表明したに過ぎず、これを根本的に見直すとの立場には至っていない。

このままで事態が推移すると、弁護士に対する需要と供給が著しく均衡を欠き、我が国の弁護士制度を大きく混乱させ、ひいては国民の権利を侵害する結果を招くおそれが大きい。一旦激増した弁護士数を、短期間で減少させることは不可能である。

従って、今この段階で弁護士人口政策を根本的に見直さなければ、取り返しのつかない事態を招くことになりかねない。

しかしながら、弁護士人口を大幅に増員することを目指して、法曹養成等、幾多の制度が創設・改変され実施されてきたことからすれば、弁護士人口政策を根本的に変換するには、若干の移行期間が必要なことも事実である。

そこで、当連合会は、今後司法試験合格者数を段階的に減少させ、できるだけ早期に年間1000人程度とすることを提言するものである。


以 上




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