中部弁護士会連合会

中弁連からのお知らせ

国選弁護人報酬の大幅増額を請求する決議・提案理由

    刑事裁判事件が増加する中、国選弁護事件が増加の一途をたどっている。2004(平成16)年におけるわが国の通常第一審事件(全地方・簡易裁判所)の終局総人員95,699人中、国選弁護人が付された被告人は73,933人であり、国選弁護人が付せられた被告人の割合は77.3%にも及んでいる。このように、今や被告人段階では刑事弁護の大半が国選弁護人によって担われている実情にあり、国選弁護制度は極めて重要な役割を果たしている。

    ところが、憲法上保障された被告人の弁護を受ける権利を実現するための制度であり、かつ、刑事弁護活動全般の中で極めて重要な部分を占めるに至っているにもかかわらず、国選弁護人報酬の実態は低廉に過ぎる。すなわち、最高裁判所が定めた現在の国選弁護人の報酬支給基準額は、地方裁判所標準事件(3開廷)1件あたり、わずかに85,200円にすぎない。しかも、上記基準額について、財務省は、それまで年々微増してきた実績に対して、予算上、2000(平成12)年度から2002(同14)年度にかけて増額なしとの決定を行い、2003(同15)年度には1件あたり800円の減額、さらに2004(同16)年度には1件あたり400円の減額がなされて、現在の金額となったのである。加えて、記録謄写料等の実費も、現状においては、特別な重大事件や否認事件を除き原則として支給されない扱いとなっており、裁判所の特別な判断によって一定の謄写費用が支払われる場合であっても、実費支弁ではなく、国選弁護人報酬の枠内において加算される扱いに過ぎないのである。


    このような中、2005(平成17)年11月からは、改正刑事訴訟法が施行され、特に、公判前整理手続の運用が開始されることとなり、その準備や対応等のため、弁護人には相当な負担の増加が予測される事態が到来した。さらに、2006(平成18)年10月には国選弁護人の推薦事務、報酬決定、支給等の事務が裁判所から日本司法支援センターに移行されるとともに、法定合議事件などについて被疑者国選弁護制度が開始され、さらに、2009(平成21)年10月には、被疑者国選弁護の範囲が必要的弁護事件にまで拡大され、同時期には、裁判員制度も実施に移され、これらによる大幅な負担増加が見込まれることになった。


    とりわけ、公判前整理手続に関しては、裁判所が、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるときに、検察官及び弁護人の意見を聞いて、第一回公判期日前に、決定で、公判前整理手続に付することができる旨規定され(刑事訴訟法316条の2第1項)、弁護人を含む訴訟関係人は、進んで協力する義務を負わされ、(法316条の3)、弁護人の違反行為に対しては、弁護士会に対する処置請求ができる旨の規定も設けられた(規則303条)。

    公判前整理手続では、公判期日に行う予定の主張を明らかにさせ、さらに証拠調べ請求をさせるとともに、その立証趣旨、尋問事項を明らかにさせ、これに対する意見、証拠調べをするか、証拠調べ請求を却下するかの決定、異議に対する決定等、多岐にわたる事項を行いうると定められた(法316条の5)。他方、検察官手持ち証拠に対する弁護人からの証拠開示請求手続が導入され、一定の範囲の証拠について開示が認められることとなったが(法316条の14、15、25、26)、その範囲は限られたものに過ぎない。

    一方で、検察官又は弁護人は、公判前整理手続終結後は、やむを得ない事由によって公判前整理手続において請求することができなかったものを除いて証拠調べの請求をすることができないとの証拠制限の規定もおかれた(法316条の32)。

    したがって、公判前整理手続きが採用された場合には、弁護人としては、限られた期間内に被告人との間で十分な意思疎通を図る努力を強いられ、また、不十分な証拠開示制度の下で必要な証拠の開示を求めて事件の全体像や検察官の手持ち証拠を把握する努力をし、その上で、弁護側の主張・立証計画を立てなければならなくなるのである。従前のように、検察官立証が終わった後に弁護人の立証計画を明らかにするということは、もはや許されない。加えて、厳しい証拠制限がなされる等、弁護人は極めて困難な弁護活動を強いられることになるのである。

    以上に述べた公判前整理手続に対応する準備を含め、弁護人は、集中的に多大な労力をさく必要に迫られ、その負担は大幅に増加することとなる。


    弁護人の活動は、事案の内容・性質に応じ、被疑者・被告人と相当回数接見し、事情聴取、アドバイス、弁護活動の準備をする他、事案に応じ、現場調査を行い、事件関係者等と面談し、事情聴取をし、また、被害者との示談交渉、被害弁償を行い、記録検討、資料調査等、その活動内容は多岐にわたる。愛知県弁護士会が、このような活動実態に照らして現在の国選弁護人報酬について調査したところによると、標準的な自白事件の場合であっても、活動時間数との対比で推計した場合、1時間あたりの報酬額は概ね5000円程度にしか達しない。また、否認事件など公判が長期化する事件に至っては、1時間あたりの報酬額が2?3000円程度となってしまい、困難な事件ほど時間当たりの報酬額が低廉となっている。さらに、地方単位会の場合、遠隔地の拘置所や代用監獄に、被疑者・被告人の身体が拘束される場合が多く、遠隔地まで、何回も接見に出向かなければならない負担を考えた場合、1時間あたりの報酬はさらに低額なものとなっている。

    多くの弁護士が弁護士事務所スペースを賃借し、事務職員を雇用し、電話、コピー機、ファクシミリ、パソコン等の事務機器を備え、年間1500万円ないしは2000万円前後の経費を負担して業務を遂行する中で、国選弁護は、被告人の人権確保のために弁護人が誠実に取り組めば取り組むほど、事務所経営を圧迫し、事務所維持を困難にする業務となっている。

    弁護士の活動の中には、社会正義の実現と人権擁護のため、採算を度外視して手弁当で行う業務があることは事実である。しかし、刑事弁護活動が、弁護士の職業としての本来的な業務であることは論をまたないところであり、そのうちの被告人の人数比にして4分の3強(第一審通常事件中)という主要部分を占める国選弁護活動について、一般的に、採算を度外視した奉仕活動として行うべき業務対象である筈はないのである。まして、国選弁護は、憲法第37条3項によって、基本的人権として憲法上保障された刑事被告人の弁護人依頼権の具体的保障制度であり、被疑者国選弁護制度も、同じ趣旨から実施されなければならないものである。したがって、国は、被疑者・被告人が弁護人による十分な弁護活動を受けるに足る予算措置を講ずる義務を負担しているのであり、弁護人が、その経済的負担において犠牲的に弁護活動を行うことを、憲法は全く予定していないのである。現状における極めて低廉な弁護報酬の実態は、まさに、上記憲法の趣旨に真っ向から反するものと言わざるを得ない。

    しかるに、国選弁護の運営主体が日本司法支援センターに移行することに備え、日弁連委員も参加して法務省内部で検討されている司法支援センター移行後の国選弁護人の報酬基準額は、現行の低廉過ぎる報酬基準を上回るものにはならないとされている。

    現状においてすら、国選弁護事件数が増加し続ける一方、低廉すぎる報酬基準の下で、国選弁護事件の受任者不足問題が表面化し始めており、国選弁護事件の割当事務に支障を来している。上記した低廉な報酬基準によってしか国選弁護人報酬が支払われないのであれば、2006(平成18)年10月から実施され、2009(平成21)年10月にその範囲が拡大される被疑者国選弁護制度を担う国選弁護事件受任弁護士を確保することは極めて困難とならざるを得ない。


    そこで、国選弁護人の報酬を大幅に増額し、国選弁護人の労力に見合ったものにすることが緊急に必要となっている。

    起訴前弁護については、誤った供述調書が作成されないよう短期間に接見を繰り返し、被害弁償等の集中的な弁護活動が要請されるなど、その負担は重いものであること、起訴後の弁護については、自白事件であっても、記録の検討、被告人との綿密な打ち合わせ、被害弁償、更生のための環境整備、情状証人の確保等、その活動は多岐にわたる。

    したがって、弁護士が職業として国選弁護人の職務を行い、その責任を全うするためには、少なくとも以下の水準による報酬が確保されなければならない。


    1. 国選弁護人に対し、起訴前弁護については20万円以上、起訴後の弁護については、標準的な自白事件において20万円以上支払われなければならない。
    2. また、国選弁護活動をするにあたっては、刑事記録謄写費用、交通費、通信費、通訳料、翻訳料等の実費が必要で、その全額が支給されなければならない。
    3. 否認事件、公判前整理手続に付された事件、裁判員制度の対象となる重大事件、その他の難事件については、国選弁護人の報酬は、その労力、実働時間に見合った相当な増額が為されなければならない。

    ちなみに、現在の国選弁護人報酬基準は、上記の要求水準に照らして5割以下にとどまっており、弁護活動の実費については国選弁護人が自腹を切って活動をするという実態にある。これは、もはや当連合会内の弁護士の限界に達していると言わざるを得ない状況である。その上、改正刑訴法が施行され、被疑者国選弁護制度の実施が迫り、国選弁護人の大幅な負担増が予測されるいま、また、国選弁護人の推薦、報酬決定等が日本司法支援センターに移行するこの機会に、国選弁護人報酬等につき大幅な増額を含む改訂がなされなければならない。


    よって、当連合会は、国選弁護活動に対して、上記の最低限の国選弁護人報酬と弁護活動に必要な実費の全額を支払うための予算措置をとるよう政府(法務・財務当局)及び国会に対して要望し、さらに、その実現のために、専門的見識によって相当な国選弁護報酬を検討する有識者による審議会を設置し、速やかな増額措置をとるよう求めるものである。


以 上


附帯決議

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